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測量士と転移者  作者: ごま


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112/120

止める役目

「――止めるのか」


 俺は言った。


「とめる」


 彼女は言った。


「ハルトが、はかれないところに、はいるなら、とめる」


    ◇


 俺は、その言い分を受け取った。


 ――正しい。


 二年二月前、俺は「戻る」と言われて戻った。


 あの時、従ったから今がある。


「マリ」


「うん」


「――今回も、従う」


    ◇


 彼女は、少し驚いた顔をした。


「はやい」


「早くない」


 俺は言った。


「二年二月、考えてた」


 俺は、穴の縁から一歩下がった。


「お前が止めるなら、俺は止まる。……そう決めてある」


    ◇


 俺は、野帳を開いた。


 二年二月前の頁だ。


 〈「戻ル」ハ、マリガ言ウ。俺ハ従ウ〉


 六十四話で書いた行だ。


 俺は、それを見せた。


    ◇


 彼女は、その行を見た。


「――これ」


「二年二月前だ」


 俺は言った。


「骨を三つ見た日に書いた」


「まもってる」


「守ってる」


 俺は言った。


「今日で、二度目だ」


    ◇


 俺たちは、その穴の前に立ったまま、しばらく動かなかった。


 白い光が、下から上がってくる。


 部屋が明るい。


 灯りが要らないほどだ。


    ◇


「じゃあ、どうする」


 マリが訊いた。


「――測る」


 俺は言った。


「入らずに、測る方法を考える」


「あるの」


「ある」


    ◇


 俺は、縄を出した。


 二十尺ごとに結び目がある。


 その先に、杆を結んだ。


 二年二月前、水の底を測ったときと同じやり方だ。


    ◇


「マリ。数えろ」


「うん」


 俺は、杆を穴に下ろした。


 二十尺。


 四十尺。


 六十尺。


    ◇


 八十尺で、抵抗が来た。


 押し返してくる。


 ――同じだ。


 二百尺下のボーリング孔と、同じ手応えだ。


「マリ。間隔を数えろ」


「かぞえてる」


    ◇


「じゅうに」


 彼女は言った。


「みずと、おなじ」


「同じか」


「おなじ」


    ◇


 俺は、その事実を野帳に書いた。


 ――繋がってる。


 二百尺下の穴と、この穴は、同じものに繋がっている。


 深さは違う。だが、同じ間隔で押し返してくる。


    ◇


 俺は、そこで一つ試した。


 杆を、押し返しに合わせて押した。


 十二を数えて、押す。


 また十二を数えて、押す。


 ――合わせる。


 二年二月前、コトリを水に沈めたときに、マリがやったことだ。


    ◇


 三度目で、変わった。


 押し返しが、止まった。


 代わりに、引かれた。


 俺は、縄を握り直した。


「――引いてる」


    ◇


「ひっぱられてる?」


「そうだ」


 俺は言った。


「強くはない。……だが、確かに引いてる」


    ◇


 俺は、その引きに逆らわなかった。


 縄を、少し送った。


 二十尺。


 引きが、止まった。


 そして、また押し返してきた。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――やり取りしてる」


 俺は言った。


「押して、引いて、また押す。……これは、話してるのと同じだ」


    ◇


 俺は、その形で試した。


 押す。引かれる。送る。押し返される。


 三度繰り返した。


 三度とも、同じ順だった。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――『行って、戻る』だ」


 俺は言った。


「杆が行って、戻ってきてる」


    ◇


 彼女は、その縄を見た。


「じゃあ」


「――物は、行って戻れる」


 俺は言った。


「少なくとも、この杆は」


    ◇


 俺は、その杆を引き上げた。


 八十尺分の縄を、全部引いた。


 石突きが、出てきた。


 俺は、それを灯りにかざした。


    ◇


 ――変わっている。


 石突きの先が、濡れていた。


 水ではない。


 油でもない。


 俺は、指で触れた。


    ◇


 冷たい。


 そして、匂いがあった。


 俺は、その匂いを知っている。


 二十年、雨上がりの野原で嗅いできた匂いだ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――嗅いでみろ」


 彼女は、顔を近づけた。


 そして、動きを止めた。


    ◇


「ハルト」


「なんだ」


「――これ」


 彼女の声が、震えていた。


「あめの、あとの、においだ」


    ◇


「こっちの雨か」


「――わかんない」


 彼女は言った。


 それから、もう一度嗅いだ。


 長く。


    ◇


「ちがう」


 彼女は言った。


「こっちのと、ちがう」


「どう違う」


「――くさが、ちがう」


    ◇


 俺は、その答えを受け取った。


 ――草が違う。


 雨上がりの匂いは、地面から立つ。


 地面に何が生えているかで、匂いが変わる。


 二十年、俺はそれで土地を見分けてきた。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――向こうの匂いか」


「たぶん」


 彼女は言った。


「おばあちゃんの、むらの、においに、にてる」


    ◇


 俺は、その杆を持ったまま、しばらく動かなかった。


 ――届いた。


 八十尺の縄の先が、向こうへ届いて、戻ってきた。


 濡れて。


 匂いをつけて。


    ◇


 老人が、後ろで帳面を書いていた。


 書く手が、止まらない。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――これは、証拠になりますか」


    ◇


「ならん」


 俺は言った。


「匂いは書けん。……記録に残らん」


「では」


「だが、測れる」


 俺は言った。


「濡れた長さ、重さの差、乾く速さ。……全部数字になる」


    ◇


 俺は、その杆を野帳の横に置いた。


 そして、書いた。


 〈杆、八十尺下ロシ、引キ上ゲ。石突キ湿潤。長サ二寸三分〉


 〈匂ヒ、雨後ノ土。此方ノモノト異ナル〉


    ◇


 書いてから、俺はもう一行足した。


 〈物ハ、行ッテ戻ッタ〉


 書いて、その行を見た。


 ――一往復した。


 千年で、初めてかもしれない。


    ◇


 その時、床が大きく震えた。


 これまでで一番強い。


 天井から、石が落ちた。


 俺は、マリの腕を掴んで壁際へ引いた。


 老人が、よろけた。


    ◇


 揺れは、長かった。


 三十を数えるほど続いた。


 止まったとき、部屋の空気が変わっていた。


 ――音がする。


 上からだ。


    ◇


 石が崩れる音。


 連続している。


 俺は、その音の方角を測った。


 ――石段だ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――石段が落ちた」


 俺は言った。


 俺は、天井を見上げた。


「亀裂じゃない。……全部だ」


    ◇


 老人が、壁に手をついて立ち上がった。


「――出られませんね」


「出られん」


 俺は言った。


「二百四十段が、瓦礫になった」


    ◇


 俺は、その事実を野帳に書いた。


 書きながら、頭の中で経路を組み直した。


 ――斜路は、通れない。


 亀裂が三本入って、砂が糸のように落ちていた。


 あそこも、今の揺れで抜けている。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――出口は、一つしかない」


 俺は言った。


 俺は、床の穴を見た。


 白い光が、上がってきている。


    ◇


 彼女は、その穴を見た。


 それから、俺を見た。


「ハルト」


「なんだ」


「――さっき、とめた」


「止めた」


 俺は言った。


「今度は、止めるな」


    ◇


 彼女は、少し笑った。


 こんな時に、笑った。


「とめない」


 彼女は言った。


「だって、いま、はかれてる」


    ◇


 俺は、その言い方に頷いた。


 ――そうだ。


 さっきは、測れない穴だった。


 今は、杆が一往復した。


 深さ八十尺。押し返しの間隔十二。向こうは雨上がり。


 測れる場所になった。

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