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測量士と転移者  作者: ごま


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110/120

別の一派

「名は」


 俺は言った。


「――申し上げられません」


「ゼルが死んだ」


 俺は言った。


「情報屋だ。東の路地で刺された。……二年二月前だ」


    ◇


 老人は、目を伏せた。


「存じています」


「あんたの指示か」


「違います」


「なら、名を言え」


    ◇


 彼は、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


「――申し上げられない理由は、二つあります」


「言え」


「一つ。私が言えば、あなたは殺しに行きます」


    ◇


「行かん」


「行きます」


 彼は言った。


「二年二月前、あなたは遺跡を潰そうとしました。……人を殺すより、そちらのほうが大きい」


 俺は、答えなかった。


 ――知っている。


 この男は、俺の二年前を知っている。


    ◇


「もう一つは」


「私が死んだ後、その者が私の席に座ります」


 彼は言った。


「座らせないためには、私が生きている間に処理する必要があります」


 彼は、俺を見た。


「私の仕事です」


    ◇


「年内だろう」


「年内です」


 彼は言った。


「間に合わせます」


    ◇


 俺は、その男を見ていた。


 ――信用できるか。


 できない。


 四十年、この男は使えるものを壊さずに使ってきた。


 俺も、その一つだ。


    ◇


「一つ言っておく」


 俺は言った。


「あんたが処理しなければ、俺がやる」


「殺しますか」


「殺さん」


 俺は言った。


「測る」


    ◇


 老人が、顔を上げた。


「――測る」


「そうだ」


 俺は言った。


「そいつが何をしたか、いつ、どこで、誰と。……全部数えて、書いて、公にする」


 俺は、野帳を叩いた。


「二十年、俺はそれで飯を食ってる」


    ◇


 彼は、少し黙った。


 それから、こう言った。


「――そのほうが、効きます」


「効く」


「はい」


 彼は言った。


「我々の組織は、記録で動いています。……記録に残れば、席に座れません」


    ◇


 その時、床が震えた。


 小さい。


 だが、はっきり分かる揺れだった。


「マリ。壁際へ」


「うん」


    ◇


 揺れは、三度続いた。


 三度とも、同じ強さだった。


 ――規則的だ。


 落石ではない。


 俺は、床に手を当てた。


    ◇


 温かい。


 さっきより、温かい。


「マリ。触れ」


「――あつい」


「熱いか」


「さっきより」


    ◇


 俺は、壁を見た。


 図が変わっていた。


 二つの円。


 その接点が――


 太くなっている。


    ◇


「――広がってる」


 俺は言った。


「細くなってた繋ぎ目が、太くなってる」


「なぜです」


 老人が訊いた。


「――分からん」


    ◇


 俺は、その変化を測ろうとした。


 図の上で、接点の幅を目測する。


 さっきの倍だ。


 いや――


 俺が見ている間にも、太くなっている。


    ◇


「マリ。数えろ」


「うん」


「幅がどう変わるか。……一定か、加速か」


「うん」


    ◇


 彼女は、数え始めた。


 俺も数えた。


 三十を数える間に、幅は三倍になった。


 次の三十で、五倍。


 ――加速してる。


    ◇


「マリ。星は」


「うえ」


 彼女は言った。


「いま、まうえ、たぶん」


 俺は、時刻を計算した。


 夜半だ。


 十六の星が、全部同じ方向に寄る時刻。


    ◇


「――重なりだ」


 俺は言った。


「重なると、繋ぎ目が太くなる」


 俺は、その事実を野帳に書いた。


「百三十二年に一度、この門は自分から開く」


    ◇


 老人が、帳面を握りしめていた。


「三百年」


 彼は言った。


「我々は、こじ開けようとしていました」


 彼は、壁を見た。


「――待っていれば、開いたのですか」


    ◇


「開いた」


 俺は言った。


「ただし、百三十二年に一度だ」


 俺は、彼を見た。


「三百年で、二回。……その二回とも、あんたらは扉を叩いてた」


    ◇


 老人は、その場に座り込んだ。


 膝から、崩れるように。


「――二回」


 彼は言った。


「二回、目の前を通り過ぎていました」


    ◇


 俺は、その男を見ていた。


 ――四十年。


 三百年。


 全部、間に合っていた。


 叩いていたから、気づかなかった。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――俺たちも、危なかった」


「なんで」


「二年二月前だ」


 俺は言った。


「あの時、俺は潰そうとしてた。……潰してたら、今夜は来なかった」


    ◇


 彼女は、頷いた。


「うん」


「お前が止めた」


「うん」


 彼女は言った。


「ハルトが、とまった」


    ◇


 床が、また震えた。


 今度は、長い。


 俺は、壁の図を見た。


 接点が、円と同じ太さになりかけている。


 ――二つが、繋がる。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――今だ」


 俺は言った。


「帰るなら、今夜だ」


    ◇


 彼女は、その図を見た。


 長いこと見ていた。


 それから、こう言った。


「ハルト」


「なんだ」


「ひとつ、たしかめたい」


    ◇


「言え」


「いききが、できるか」


 彼女は言った。


「できないなら、わたし、かえらない」


    ◇


 俺は、その言葉を受け取った。


「――確かめる方法がない」


 俺は言った。


「行ってみないと分からん。……行って、戻れなかったら、それが答えだ」


「うん」


 彼女は言った。


「だから、たしかめる」


    ◇


「どうやって」


「オルソに、きく」


 彼女は言った。


「せんねん、ここにいる。……いちばん、しってる」


    ◇


 俺は、その通りだと思った。


 だが、一つ引っかかった。


「マリ」


「うん」


「――あれは、行き来したことがない」


 俺は言った。


「千年、一人でここにいた。……行って戻った経験がない」


    ◇


 彼女は、少し黙った。


 それから、こう言った。


「じゃあ、いっしょに、しらべる」


    ◇


「――どういう意味だ」


「オルソも、しらない」


 彼女は言った。


「わたしも、しらない。ハルトも、しらない」


 彼女は、床の刻みを見た。


「みんな、しらないなら、はかるしか、ない」


    ◇


 俺は、その一言に手を止めた。


 ――測るしかない。


 二年二月、俺がこの娘に教えたことだ。


 いや、教えていない。


 横で見ていて、盗んだと言っていた。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――何を測る」


「いくときに、なにが、おきるか」


 彼女は言った。


「かず、はかる。……いって、もどるまで」


    ◇


「戻れなかったら、測れんぞ」


「ハルトが、はかる」


 彼女は言った。


「こっちがわで」


 彼女は、俺を見た。


「わたしが、あっちで、はかる」


    ◇


 俺は、その方法を検討した。


 ――両側から測る。


 二十年、坑でやってきたことだ。


 片側からでは出ない距離を、両側から測って突き合わせる。


「マリ」


「うん」


「――基準を合わせる必要がある」


    ◇


「うん」


「向こうとこっちで、時間の進み方が違うかもしれん」


 俺は言った。


「二十三年前に来たはずのお前が、十九だった。……合ってない」


「うん」


 彼女は言った。


「だから、はかる」


    ◇


 俺は、野帳を出した。


 新しい頁を開く。


 そして、書いた。


 〈基準:星ノ重ナリ〉


    ◇


「マリ。これだ」


「ほし」


「そうだ」


 俺は言った。


「星は、両側から見える。……お前の空とこっちの空は、星が一つも同じじゃない」


「でも」


「同じ夜に、重なる」


    ◇


「――それが、ものさし?」


「それしかない」


 俺は言った。


「百三十二年に一度だ。……粗い物差しだが、両側で使える唯一のものだ」

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