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測量士と転移者  作者: ごま


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107/120

三人で降りる

 俺たちは、柱の広間へ降りた。


 二百四十段の下だ。


 老人は、三十段ごとに止まった。


 息が上がっている。


 俺は、待った。急かさなかった。


    ◇


 降りきると、柱があった。


 二十歩の太さ。


 一万四百二十七の刻みが、薄く光っている。


 老人は、その前で立ち止まった。


 動かなかった。


    ◇


 長い時間、動かなかった。


「――失礼」


 やがて、彼は言った。


「少し、座らせてください」


 彼は、石の床に座った。


 座って、柱を見上げた。


    ◇


「三百年」


 彼は言った。


「我々は、この上で叩いていました」


「そうだ」


「――ここに、あったのですか」


「あった」


 俺は言った。


「二百四十段、降りるだけだった」


    ◇


 彼は、しばらく黙っていた。


 それから、懐から帳面を出した。


 小さい。手のひらほどだ。


「書いてよろしいですか」


「書け」


 俺は言った。


「それが条件だ」


    ◇


 彼は、書き始めた。


 手が震えている。年のせいか、他のせいかは分からない。


 俺は、その間にマリと灯りの位置を決めた。


 斜め後ろ、少し高く。


 二年二月、一度もずれていない位置に。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――今日は、五度目になる」


「うん」


「規則は、もう守ってない」


「うん」


 彼女は言った。


「きょうは、いいひ」


    ◇


 俺は、その言い方を聞いた。


 ――いい日。


 二年二月、この娘は一度もそういう言い方をしなかった。


「なぜだ」


「ほしが、ぜんぶ、そろってる」


 彼女は言った。


「いちど、しか、ない」


    ◇


 俺は、柱の前に立った。


 息を吸う。


 ――五度目だ。


 二十年と二年。


 七百二十九回目。


    ◇


 俺は、唱えた。


 ――シャルカディ・オム・ネイア。


 柱が、光った。


 これまでで一番強い。


 一万四百二十七の刻みが、下から上まで一度に。


    ◇


 そして、床が沈んだ。


 三尺四方。


 二年二月前と、同じ場所だ。


 あの時、俺は「今日は降りん」と言った。


 今日は、降りる。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――行くぞ」


「うん」


 老人が、立ち上がった。


 帳面を懐に入れる。


「私も」


「来い」


    ◇


 三十段、降りた。


 着いた先は、九尺かける十二尺の部屋だ。


 二年二月前に、三人で来た場所。


 あの時は、俺とマリとセレンだった。


 今日は、セレンの代わりに、この老人がいる。


    ◇


 部屋の中央に、床の刻みがある。


 同心円と、枝分かれする線。


 四つの弧。


 俺は、その四つを見た。


 ――全部、光っている。


    ◇


「マリ」


「――よっつ、ぜんぶ」


「そうだ」


 俺は言った。


「下で板を外した。……それが効いてる」


 俺は、その刻みの前に膝をついた。


    ◇


 老人が、後ろで息を呑んだ。


「――紋章が」


「知ってるか」


「知っています」


 彼は言った。


「三百年、我々が持ち歩いてきた絵です」


    ◇


「あんたらのは、四つ目が小さいだろう」


「――なぜ、それを」


「実物を見た」


 俺は言った。


「二百尺下だ。四つ目は門じゃない。……穴だ」


    ◇


「穴」


「地質を調べるための、細く深い穴だ」


 俺は言った。


「三寸。深さ八十尺。……その底に、何かいる」


 老人は、帳面を出した。


 書き始めた。


    ◇


 俺は、床に手を当てた。


 温かい。


 二年二月前は、四つ目だけが冷たかった。


 今は、四つとも同じ温度だ。


 ――繋がった。


    ◇


 その時、部屋の壁が変わった。


 線が現れた。


 二年二月前に見た断面図と、同じ描き方だ。


 だが、今度は違うものが描かれていた。


    ◇


 円だ。


 大きな円が二つ。


 並んでいる。


 二つの円は、一点で接している。


 その接点に、印がある。


    ◇


「――繋ぎ目だ」


 俺は言った。


「二つの世界が、一点で接してる」


 俺は、その接点を指した。


「ここが、サルカドだ」


    ◇


 老人が、書く手を止めた。


「二つ、ですか」


「二つだ」


 俺は言った。


「片方がこっち。片方が、この娘の来た方だ」


    ◇


 壁の図が、動いた。


 二つの円が、少しずつ離れていく。


 接点が、細くなる。


 細くなって、糸のようになった。


 だが、切れなかった。


    ◇


 俺は、その動きを見ていた。


「――離れてる」


 俺は言った。


「千年かけて、二つが離れていってる」


「切れますか」


 老人が訊いた。


「――切れる」


    ◇


 俺は、その図を見た。


 糸は、まだ繋がっている。


 だが、細い。


 四つ目の弧が四分の三だった理由が、これだ。


 ――閉まりかけている。


 千年かけて。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――お前が来られたのは」


「うん」


「切れる前だったからだ」


 俺は言った。


    ◇


 彼女は、その図を見ていた。


 長いこと見ていた。


「ハルト」


「なんだ」


「あと、どのくらい」


    ◇


 俺は、その図を測った。


 千年で、これだけ細くなった。


 同じ速さなら――


 俺は、計算した。


 計算して、手を止めた。


    ◇


「――出ない」


 俺は言った。


「速さが一定なら出る。……だが、この図は等速じゃない」


 俺は、線の曲がり方を指した。


「後半のほうが、速い」


    ◇


「では」


「加速してる」


 俺は言った。


「千年で半分になったんじゃない。……最後の百年で、半分になってる」


    ◇


 俺は、その意味を口に出した。


「――もう、いくらもない」


    ◇


 部屋が、静かになった。


 老人が、帳面を閉じた。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――今夜が最後という意味では、私と同じですね」


    ◇


「あんたとは違う」


 俺は言った。


「あんたは、年内だ。これは、いつか分からん」


「同じです」


 彼は言った。


「終わりが見えている、という点では」


    ◇


 俺は、その言い方に反発した。


 ――違う。


 だが、どこが違うのかを、俺は言葉にできなかった。


 言葉にできないなら、それは俺の負けだ。


 二年、俺はそういう決まりでやってきた。


    ◇


 マリが、口を開いた。


「ちがう」


 彼女は言った。


 老人が、彼女を見た。


「――どこが違いますか、お嬢さん」


「おわりが、みえてるの、いっしょ」


 彼女は言った。


「でも、なにを、するかが、ちがう」


    ◇


「何をするか」


「あなたは、みる」


 彼女は言った。


「ハルトは、はかる」


    ◇


「同じことでは」


「ちがう」


 彼女は言った。


「みるのは、じぶんのため。……はかるのは、つぎのひとの、ため」


    ◇


 老人は、その言葉を受け取った。


 しばらく、何も言わなかった。


 それから、帳面を開き直した。


 そして、書いた。


 書いてから、こう言った。


「――今の言葉を、書き残します」


    ◇


 俺は、その様子を見ていた。


 ――四十年、この男は目的を探していた。


 三百年分の記録に、それがなかった。


 いま、十九で異世界に落ちた娘が、それを一言で言った。


 測るのは、次の人間のためだ。

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