↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
測量士と転移者  作者: ごま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/120

本当のこと

「私には、二年前から病があります」


 老人は言った。


 俺は、その一言を聞いた。


「――何だ」


「名は知りません」


 彼は言った。


「医者が三人、別々のことを言いました。……共通していたのは、年内という点だけです」


    ◇


 俺は、その言葉を検討した。


 ――嘘の可能性がある。


 だが、この男は今、嘘を一つ自分で下ろしたばかりだ。


 続けて嘘をつくなら、下ろす必要がない。


「――だから、今夜か」


「そうです」


    ◇


「あんたが言ってた『二年ない』は、星の話じゃなかったのか」


「両方です」


 彼は言った。


「星は百三十二年後です。私は年内です。……どちらにしても、今夜しかありません」


    ◇


 俺は、そこで一つ理解した。


 ――だから、量を惜しまない。


 四十貫を用意した理由が、はっきりした。


 この男は、次を考えていない。


 次がないからだ。


    ◇


「一つ訊く」


 俺は言った。


「開いたら、あんたは何をする」


「――入ります」


「入って」


「見ます」


 彼は言った。


「それだけです」


    ◇


「征服するんじゃないのか」


「できません」


 彼は言った。


「私は七十二です。剣も持てません」


 彼は、少し笑った。


「三百年、我々は『取り返す』と言ってきました。……何を取り返すのかは、書いてありません」


    ◇


「なら、あんたは何を見たい」


「――向こう側です」


 彼は言った。


「三百年、扉の前にいました。開けたら何があるのかを、誰も見ていません」


 彼は、石段の下を見た。


「見て、書き残します」


    ◇


 俺は、その動機を測った。


 ――見たいだけ。


 それなら、俺と同じだ。


 二年二月、俺は毎日降りた。


 降りて、数えて、書いて帰った。


    ◇


「一つ違う」


 俺は言った。


「俺は、見るために二千人を勘定に入れなかった」


「――そこです」


 彼は言った。


「そこが、私とあなたの差です」


    ◇


「なぜ、入れられる」


「時間がないからです」


 彼は言った。


「時間のある人間は、待てます。待てば、誰も死にません」


 彼は、俺を見た。


「私には、待つ時間がありません。……だから、他人の時間を使います」


    ◇


 俺は、その言い方を聞いた。


 ――他人の時間を使う。


 正直な言い方だった。


 正直だから、余計に悪い。


    ◇


「一つ提案がある」


 俺は言った。


「あんたを、下へ連れて行く」


 老人が、顔を上げた。


「――何とおっしゃいました」


「連れて行く」


 俺は言った。


「火薬は使わん。石段から降りる」


    ◇


「石段の下は、行き止まりです」


「行き止まりじゃない」


 俺は言った。


「二百四十段の下に、柱がある。……二年二月、俺はそこへ通ってた」


    ◇


「柱」


「二十歩の太さで、一万四百二十七の刻みがある」


 俺は言った。


「三度数えて、三度とも同じだった」


 老人は、動かなかった。


    ◇


「それは、記録に」


「ない」


 俺は言った。


「あんたらは、三百年、その手前で止まってた。……十七人が入って、十七人戻らなかった場所の、さらに下だ」


    ◇


 老人は、しばらく何も言わなかった。


 それから、こう訊いた。


「――なぜ、私を連れて行くのですか」


    ◇


「二つある」


 俺は言った。


「一つ。あんたが樽を諦める理由になる」


「もう一つは」


「――見せたいからだ」


    ◇


「見せたい」


「あんたは、目的を書き残さなかった連中の、最後の一人だ」


 俺は言った。


「四十年前に、目的がないと知って、それでも続けた」


 俺は、彼を見た。


「なら、書き残せ」


    ◇


「私が」


「あんたしかいない」


 俺は言った。


「あんたが書かなきゃ、三百年が全部無駄になる」


    ◇


 老人は、その言葉を受け取った。


 受け取って、しばらく立っていた。


 周りの十五人は、誰も動かなかった。


 誰も、口を挟まなかった。


    ◇


「――条件があります」


 彼は言った。


「言え」


「私の部下を、上げてください」


 彼は言った。


「十五人います。……この石段が落ちるなら、上げたい」


    ◇


「落ちるとは言ってない」


「落ちます」


 彼は言った。


「あなたが測った通りなら、四度目を撃たなくても、いずれ落ちます」


 彼は、天井を見上げた。


「亀裂は、入ったら止まりません。……私も、それくらいは知っています」


    ◇


 俺は、その判断が正しいことを認めた。


「――上げろ」


「はい」


 彼は、部下の方を向いた。


 そして、こう言った。


「全員、上がりなさい」


    ◇


 十五人が、動かなかった。


「聞こえましたか」


 彼は言った。


「上がりなさい。樽は置いていきなさい」


「――しかし」


「命令です」


    ◇


 一人が、前に出た。


 若い男だ。三十くらいか。


「お一人になります」


「なります」


「それは」


「私が決めました」


 彼は言った。


「四十年、あなた方は私の決めたことに従ってきました。……今夜が最後です」


    ◇


 男は、しばらく立っていた。


 それから、頭を下げた。


 深く。


 他の十四人も、続いた。


    ◇


 彼らは、石段を上がっていった。


 足音が、遠ざかる。


 俺は、それを数えた。


 十五人分だった。


    ◇


 広間に、三人が残った。


 俺と、マリと、老人。


 それから、樽が十二。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――一つ、お願いがあります」


    ◇


「言え」


「樽を、処理していただけますか」


 彼は言った。


「私には、やり方が分かりません」


    ◇


 俺は、その樽を見た。


 二十貫弱。


 処理の仕方は、二つある。


 濡らすか、離すか。


「マリ」


「うん」


「――水を汲むぞ」


    ◇


 円の広間には、水がある。


 天井から落ちる水滴を、二十年前から誰かが桶に受けている。


 俺が来たときには、もう置いてあった。


 誰が置いたかは知らない。


 俺は、それを使い続けている。


    ◇


 俺は、桶を運んだ。


 樽の蓋を開ける。


 中は、黒い粉だ。


 俺は、その上から水を注いだ。


「ハルトさん」


「なんだ」


「――こんな簡単なことですか」


    ◇


「簡単だ」


 俺は言った。


「濡らせば、火薬は使えん。……乾かせば戻るが、乾かすのに十日かかる」


「十日」


「そうだ」


 俺は言った。


「十日あれば、俺は町へ戻って、また来られる」


    ◇


 俺は、十二の樽を順に濡らした。


 半刻かかった。


 老人は、その間ずっと見ていた。


 途中で、彼は自分でも桶を運び始めた。


 止めなかった。


    ◇


 最後の樽を濡らしたとき、彼が言った。


「――四十年で、初めてです」


「何がだ」


「自分で運びました」


 彼は言った。


「三十のときから、私は運ばせる側でした」


    ◇


 俺は、その言葉に答えなかった。


 答えるべきことが、思いつかなかった。


 この男は、四十年かけてここに来た。


 俺は、二年かけてここに来た。


 同じ場所に立っている。


    ◇


「ハルトさん」


「なんだ」


「石段が落ちると、私は上がれません」


 彼は言った。


「七十二です。走れません」


「知ってる」


「その上で、連れて行かれますか」


    ◇


「連れて行く」


 俺は言った。


「一つ条件がある」


「どうぞ」


「下で、あんたは何もするな」


 俺は言った。


「見て、書け。……触るな」


    ◇


「触らない」


 彼は、繰り返した。


「はい」


 彼は言った。


「四十年、触りたくてここにいました。……今夜は、見るだけにします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。