光る石段
俺は、光る石段を降りた。
一段ずつ数える。
二十年、この石段を数えてきた。二百四十段だ。
今夜も、二百四十段だった。
――変わっていない。
変わっていないことを、俺は毎回確かめる。
◇
百二十段目で、人がいた。
二人。
荷を担いでいる。降りてくる俺を見て、動きを止めた。
「――誰だ」
片方が言った。
◇
「名は」
俺は言った。
二人が、顔を見合わせた。
「……ゴランです」
一人が言った。
「――もう一人は」
「ヘッセ」
◇
「セレンが、覚えてる」
俺は言った。
「南区の帳面に、その名がある」
二人が、また顔を見合わせた。
「――なんで、それを」
「六百十四軒、全部覚えた女がいる」
俺は言った。
「あんたらの名も、その中にある」
◇
「あんた、誰だ」
「測量士だ」
俺は言った。
「この遺跡の担当だ。二十年やってる」
俺は、石段を指した。
「上がれ。……ここは、もうすぐ落ちる」
◇
二人は、動かなかった。
「……金を、もらってる」
ゴランという男が言った。
「五百レンだ。三日分」
「返せ」
俺は言った。
「金は返せる。……足は返らん」
◇
二人は、少し黙った。
それから、荷を置いた。
「――上のは、どうなってる」
「レイヴが、町へ走った」
俺は言った。
「南区に告示が出る。……あんたらの家も、その中だ」
◇
二人は、走り出した。
上へ。
俺は、その足音が遠ざかるのを聞いた。
「マリ」
「うん」
「――二人減った」
「あと、はたち」
◇
俺たちは、降り続けた。
百八十段目で、三人に会った。
同じことを言った。名を訊いて、上がれと言った。
三人とも、上がった。
◇
二百十段目で、五人に会った。
こちらは、名乗らなかった。
星導省の人間だ。
武器を持っている。棒だ。
◇
「そこまでだ」
一人が言った。
「下は立入禁止だ」
「――誰の許可でだ」
「星導省の」
「ここはカランディア領だ」
俺は言った。
「そして、この遺跡の測量担当は俺だ」
◇
「書付はあるか」
「ある」
俺は、懐から出した。
ダウムの判が押してある。
二年二月前に、俺が担当を取りに行ったときのものだ。
◇
男は、それを読んだ。
読んで、動きを止めた。
「……本物だな」
「本物だ」
「だが、今夜は通せん」
「なぜだ」
「命令だ」
◇
俺は、その言葉を聞いた。
――命令。
「一つ訊く」
俺は言った。
「あんたの上官は、今どこにいる」
「下だ」
「なら、上官は、上で何が起きてるか知らんな」
◇
「――どういう意味だ」
「町の人間が九人上がった」
俺は言った。
「レイヴが町へ走った。……南区に退避の告示が出る」
俺は、その男を見た。
「明日の朝、あんたらは『メルシアを潰しかけた連中』になる」
◇
男は、答えなかった。
「もう一つ言う」
俺は言った。
「石段の下の踊り場に、亀裂が三本入ってる。……四度目を撃てば、この石段が落ちる」
「――嘘だ」
「測った」
◇
俺は、野帳を開いて見せた。
亀裂の長さと幅が書いてある。
位置も。
「四尺、三尺八寸、二尺二寸。……粉が出てた。まだ動いてる」
俺は言った。
「二十年、俺はこれを測ってきた」
◇
男は、その野帳を見た。
読めるかどうかは分からない。
だが、書いてある字の細かさは分かる。
――記録の重さは、伝わる。
二年二月前、セレンがそう言った。
◇
「……お前が測ったのか」
「俺が測った」
「二十年」
「二十年だ」
俺は言った。
「この石段を、二百四十段だと知ってる人間は、この場で俺だけだ」
◇
男は、しばらく黙っていた。
それから、棒を下ろした。
「――通れ」
「あんたらは」
「上がる」
彼は言った。
「命令違反だ。……だが、落ちるよりましだ」
◇
五人が、上がっていった。
俺は、その足音を数えた。
五人分だ。
「マリ」
「うん」
「――あと十五だ」
◇
二百四十段目で、俺は円の広間に立った。
広い。
二十年、俺が飯を食ってきた場所だ。
その広間に、灯りが並んでいた。
◇
十五人いた。
荷を運んでいる。
樽だ。火薬の樽が、十二。
その真ん中に、一人立っていた。
◇
老人だった。
背が高い。痩せている。
白い髪を、きっちり後ろで結んでいる。
俺を見て、少しも驚かなかった。
◇
「――サルカディア家の方ですね」
あの男は言った。
二年前、俺の家の焼け跡で聞いた声と、同じだった。
「ハルトだ」
「存じています」
◇
あの男は、樽の一つに手を置いた。
「石段が光りましたね」
「光った」
「あなたが唱えた」
「唱えた」
◇
「三度、私も唱えました」
あの男は言った。
「三度とも、何も起きませんでした」
彼は、俺を見た。
「あなたは一度で、二百四十段を光らせた」
◇
俺は、答えなかった。
「――差は、才ではありません」
あの男は言った。
二年前、自分が言った言葉だ。
「手順です。……そう申し上げました」
◇
「そうだ」
「訂正します」
あの男は言った。
「差は、手順ではありません」
彼は、樽から手を離した。
「――形です。あなたの言葉は、形が残っている」
◇
俺は、その言葉を待った。
この男が何かを認めるときは、必ず続きがある。
「ハルトさん」
「なんだ」
「あなたの句を、私にください」
◇
俺は、その要求を聞いた。
――来た。
二年二月、俺が渡さないと決めていたものだ。
「断る」
「理由を伺っても」
「あんたは、二千人を勘定に入れてる」
◇
「入れています」
あの男は、あっさり認めた。
「入れて、なお安いと考えています」
「――なら、渡さん」
「そうでしょうね」
あの男は言った。
「では、こうしましょう」
◇
彼は、樽を叩いた。
十二の樽が、並んでいる。
「二十貫あります」
彼は言った。
「四度目を撃てば、この石段は落ちます。……あなたが今おっしゃった通りに」
彼は、俺を見た。
「私は、それを承知で撃ちます」
◇
「――脅しか」
「取引です」
彼は言った。
「句をいただければ、撃ちません。……いただけなければ、撃ちます」
俺は、その男を見た。
七十だ。
次の重なりは、百三十二年後だ。
◇
俺は、マリを見た。
彼女は、俺を見ていた。
何も言わなかった。
――決めるのは、俺だ。
この娘は、そう言っている。
◇
俺は、その老人に向き直った。
「一つ、訊く」
「どうぞ」
「――あんたは、なぜここにいる」
◇
二年二月前、俺が柱に訊いた言葉だ。
あの時、俺は答えを持っていなかった。
答えを出すのに、一晩かかった。
この男は、どうか。
◇
老人は、しばらく黙っていた。
長い沈黙だった。
それから、こう言った。
「――分かりません」
◇
俺は、その答えを聞いた。
「三百年、我々はここを目指してきました」
彼は言った。
「なぜ目指すのかを、誰も書き残していません」
彼は、樽を見た。
「私は、目指すことだけを教わりました」




