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測量士と転移者  作者: ごま


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104/120

光る石段

 俺は、光る石段を降りた。


 一段ずつ数える。


 二十年、この石段を数えてきた。二百四十段だ。


 今夜も、二百四十段だった。


 ――変わっていない。


 変わっていないことを、俺は毎回確かめる。


    ◇


 百二十段目で、人がいた。


 二人。


 荷を担いでいる。降りてくる俺を見て、動きを止めた。


「――誰だ」


 片方が言った。


    ◇


「名は」


 俺は言った。


 二人が、顔を見合わせた。


「……ゴランです」


 一人が言った。


「――もう一人は」


「ヘッセ」


    ◇


「セレンが、覚えてる」


 俺は言った。


「南区の帳面に、その名がある」


 二人が、また顔を見合わせた。


「――なんで、それを」


「六百十四軒、全部覚えた女がいる」


 俺は言った。


「あんたらの名も、その中にある」


    ◇


「あんた、誰だ」


「測量士だ」


 俺は言った。


「この遺跡の担当だ。二十年やってる」


 俺は、石段を指した。


「上がれ。……ここは、もうすぐ落ちる」


    ◇


 二人は、動かなかった。


「……金を、もらってる」


 ゴランという男が言った。


「五百レンだ。三日分」


「返せ」


 俺は言った。


「金は返せる。……足は返らん」


    ◇


 二人は、少し黙った。


 それから、荷を置いた。


「――上のは、どうなってる」


「レイヴが、町へ走った」


 俺は言った。


「南区に告示が出る。……あんたらの家も、その中だ」


    ◇


 二人は、走り出した。


 上へ。


 俺は、その足音が遠ざかるのを聞いた。


「マリ」


「うん」


「――二人減った」


「あと、はたち」


    ◇


 俺たちは、降り続けた。


 百八十段目で、三人に会った。


 同じことを言った。名を訊いて、上がれと言った。


 三人とも、上がった。


    ◇


 二百十段目で、五人に会った。


 こちらは、名乗らなかった。


 星導省の人間だ。


 武器を持っている。棒だ。


    ◇


「そこまでだ」


 一人が言った。


「下は立入禁止だ」


「――誰の許可でだ」


「星導省の」


「ここはカランディア領だ」


 俺は言った。


「そして、この遺跡の測量担当は俺だ」


    ◇


「書付はあるか」


「ある」


 俺は、懐から出した。


 ダウムの判が押してある。


 二年二月前に、俺が担当を取りに行ったときのものだ。


    ◇


 男は、それを読んだ。


 読んで、動きを止めた。


「……本物だな」


「本物だ」


「だが、今夜は通せん」


「なぜだ」


「命令だ」


    ◇


 俺は、その言葉を聞いた。


 ――命令。


「一つ訊く」


 俺は言った。


「あんたの上官は、今どこにいる」


「下だ」


「なら、上官は、上で何が起きてるか知らんな」


    ◇


「――どういう意味だ」


「町の人間が九人上がった」


 俺は言った。


「レイヴが町へ走った。……南区に退避の告示が出る」


 俺は、その男を見た。


「明日の朝、あんたらは『メルシアを潰しかけた連中』になる」


    ◇


 男は、答えなかった。


「もう一つ言う」


 俺は言った。


「石段の下の踊り場に、亀裂が三本入ってる。……四度目を撃てば、この石段が落ちる」


「――嘘だ」


「測った」


    ◇


 俺は、野帳を開いて見せた。


 亀裂の長さと幅が書いてある。


 位置も。


「四尺、三尺八寸、二尺二寸。……粉が出てた。まだ動いてる」


 俺は言った。


「二十年、俺はこれを測ってきた」


    ◇


 男は、その野帳を見た。


 読めるかどうかは分からない。


 だが、書いてある字の細かさは分かる。


 ――記録の重さは、伝わる。


 二年二月前、セレンがそう言った。


    ◇


「……お前が測ったのか」


「俺が測った」


「二十年」


「二十年だ」


 俺は言った。


「この石段を、二百四十段だと知ってる人間は、この場で俺だけだ」


    ◇


 男は、しばらく黙っていた。


 それから、棒を下ろした。


「――通れ」


「あんたらは」


「上がる」


 彼は言った。


「命令違反だ。……だが、落ちるよりましだ」


    ◇


 五人が、上がっていった。


 俺は、その足音を数えた。


 五人分だ。


「マリ」


「うん」


「――あと十五だ」


    ◇


 二百四十段目で、俺は円の広間に立った。


 広い。


 二十年、俺が飯を食ってきた場所だ。


 その広間に、灯りが並んでいた。


    ◇


 十五人いた。


 荷を運んでいる。


 樽だ。火薬の樽が、十二。


 その真ん中に、一人立っていた。


    ◇


 老人だった。


 背が高い。痩せている。


 白い髪を、きっちり後ろで結んでいる。


 俺を見て、少しも驚かなかった。


    ◇


「――サルカディア家の方ですね」


 あの男は言った。


 二年前、俺の家の焼け跡で聞いた声と、同じだった。


「ハルトだ」


「存じています」


    ◇


 あの男は、樽の一つに手を置いた。


「石段が光りましたね」


「光った」


「あなたが唱えた」


「唱えた」


    ◇


「三度、私も唱えました」


 あの男は言った。


「三度とも、何も起きませんでした」


 彼は、俺を見た。


「あなたは一度で、二百四十段を光らせた」


    ◇


 俺は、答えなかった。


「――差は、才ではありません」


 あの男は言った。


 二年前、自分が言った言葉だ。


「手順です。……そう申し上げました」


    ◇


「そうだ」


「訂正します」


 あの男は言った。


「差は、手順ではありません」


 彼は、樽から手を離した。


「――形です。あなたの言葉は、形が残っている」


    ◇


 俺は、その言葉を待った。


 この男が何かを認めるときは、必ず続きがある。


「ハルトさん」


「なんだ」


「あなたの句を、私にください」


    ◇


 俺は、その要求を聞いた。


 ――来た。


 二年二月、俺が渡さないと決めていたものだ。


「断る」


「理由を伺っても」


「あんたは、二千人を勘定に入れてる」


    ◇


「入れています」


 あの男は、あっさり認めた。


「入れて、なお安いと考えています」


「――なら、渡さん」


「そうでしょうね」


 あの男は言った。


「では、こうしましょう」


    ◇


 彼は、樽を叩いた。


 十二の樽が、並んでいる。


「二十貫あります」


 彼は言った。


「四度目を撃てば、この石段は落ちます。……あなたが今おっしゃった通りに」


 彼は、俺を見た。


「私は、それを承知で撃ちます」


    ◇


「――脅しか」


「取引です」


 彼は言った。


「句をいただければ、撃ちません。……いただけなければ、撃ちます」


 俺は、その男を見た。


 七十だ。


 次の重なりは、百三十二年後だ。


    ◇


 俺は、マリを見た。


 彼女は、俺を見ていた。


 何も言わなかった。


 ――決めるのは、俺だ。


 この娘は、そう言っている。


    ◇


 俺は、その老人に向き直った。


「一つ、訊く」


「どうぞ」


「――あんたは、なぜここにいる」


    ◇


 二年二月前、俺が柱に訊いた言葉だ。


 あの時、俺は答えを持っていなかった。


 答えを出すのに、一晩かかった。


 この男は、どうか。


    ◇


 老人は、しばらく黙っていた。


 長い沈黙だった。


 それから、こう言った。


「――分かりません」


    ◇


 俺は、その答えを聞いた。


「三百年、我々はここを目指してきました」


 彼は言った。


「なぜ目指すのかを、誰も書き残していません」


 彼は、樽を見た。


「私は、目指すことだけを教わりました」

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