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測量士と転移者  作者: ごま


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103/120

自分の意思で

 浅い家の蓋から出たとき、空が変わっていた。


 星が、集まっている。


 〈環〉と〈天秤〉と〈杯〉が、同じ方向に寄っていた。


 その周りに、明るい星が並んでいる。


 俺は、数えた。


 十六。


    ◇


 全部が、同じ方向を向いていた。


「マリ」


「――みてる」


「時刻は」


「よるはんの、いちこくまえ」


 彼女は言った。


「ハルトが、そらで、はかった」


    ◇


 俺たちは、野原を横切った。


 石段の方角に、灯りが集まっている。


 数が減っていた。


 三十四あった灯りが、十二になっている。


 ――退いてる。


    ◇


 近づくと、人がいた。


 入口の外に、十人ほど。


 荷を担いでいる。逃げる支度だ。


 その真ん中に、レイヴが立っていた。


    ◇


「レイヴ」


 彼が、振り返った。


「ハルトさん。――生きておられましたか」


「聞こえたか」


「聞こえました」


 彼は言った。


「二度、一度。……三十回以上、続けて」


    ◇


「どうした」


「町の人間が、先に動きました」


 彼は言った。


「南区で雇われた九人です。あの合図を知っていました」


 俺は、その事実を受け取った。


 ――知っていた。


 二十年、ギルドが使ってきた合図だ。


 南区の人間なら、知っている。


    ◇


「九人が、道具を置いて上がりました」


 レイヴは言った。


「上がって、『崩れる』と言いました。……それで、半分が退きました」


「残りは」


「中です」


    ◇


 俺は、石段の入口を見た。


 暗い。


 灯りが見えない。


「レイヴ。何人だ」


「二十二人です」


 彼は言った。


「当主を含めて」


    ◇


「火薬は」


「三度使いました」


 彼は言った。


「残りは二十貫です。……四度目の準備をしています」


「止めたか」


「止めました」


 彼は言った。


「聞きませんでした」


    ◇


 俺は、その男を見た。


 顔に、殴られた跡があった。


「――やったのか」


「やりました」


 彼は言った。


「二十年で、初めて上官を殴りました」


 彼は、少し笑った。


「効きませんでした」


    ◇


 俺は、荷を下ろした。


「レイヴ」


「はい」


「――甥は」


「上がりました」


 彼は言った。


「九人のうちの一人です」


    ◇


 俺は、その一言に少し止まった。


「カラン村じゃなかったのか」


「先月、こちらに回されました」


 彼は言った。


「私が外されたので、身内も外されました」


 彼は、荷を担いだ十人の方を見た。


「その中に、います」


    ◇


 俺は、その方を見た。


 若い男が一人、こちらを見ていた。


 十八だ。


 俺と目が合って、頭を下げた。


    ◇


「レイヴ」


「はい」


「あんたは、これからどうする」


「町へ走ります」


 彼は言った。


「あなたが二年前に言った通りに。……六百軒です」


    ◇


「――待つのはやめたか」


「甥は上がりました」


 彼は言った。


「待つ理由が、なくなりました」


 彼は、俺を見た。


「ですが、あなたが言ったのは、そういう意味ではないと思っています」


    ◇


「どういう意味だと思う」


「――どちらを選ぶかは、自分で決めろ、と」


 彼は言った。


「二年、考えました」


 彼は、荷を担ぎ直した。


「決めました」


    ◇


 彼は、走り出した。


 十人が、その後を追った。


 俺は、その背中を見送った。


 ――間に合うか。


 メルシアまで、半日と少しだ。


 走れば、四刻。


    ◇


 俺は、石段の前に立った。


 中に、二十二人いる。


 当主がいる。


「マリ」


「うん」


「――入る」


    ◇


「うん」


「危ないぞ」


「しってる」


 彼女は言った。


 それから、こう続けた。


「ハルト」


「なんだ」


「わたし、いまから、いう」


    ◇


 俺は、彼女を見た。


「――何をだ」


「きめたこと」


 彼女は言った。


「にねんにかげつまえ、『そのひに、きめる』って、いった」


 彼女は、空を見た。


「きょうが、そのひ」


    ◇


 俺は、待った。


 急かさなかった。


「わたし、かえる」


 彼女は言った。


「かえりたい」


    ◇


 俺は、その言葉を受け取った。


 ――そうか。


 二年二月、この娘は一度もぶれていない。


 「かえりたいから、ここにいる」と、九十一話も前に言った。


 変わっていない。


「――分かった」


 俺は言った。


    ◇


「ハルト」


「なんだ」


「まだ、つづきが、ある」


 彼女は言った。


「かえる。……でも、いっかいだけじゃ、ない」


    ◇


「――どういう意味だ」


「いきき、したい」


 彼女は言った。


「かえって、また、くる。……そういうの、できないかな」


    ◇


 俺は、その言葉に手を止めた。


 ――行き来。


 二年二月、俺はこの娘の選択肢を二つだと思っていた。


 帰るか、残るか。


 三つ目を、考えていなかった。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――なぜ、それを今言った」


「ハルトが、うごきかたを、かえるから」


 彼女は言った。


「かえる、だけだと、ハルトは、わたしを、かえすことだけ、かんがえる」


 彼女は、俺を見た。


「いききなら、ちがう」


    ◇


「――何が違う」


「もんを、こわさない」


 彼女は言った。


「あけたままに、する」


    ◇


 俺は、その一言に打たれた。


 ――開けたままにする。


 二年二月前、俺は潰そうとした。


 当主は、こじ開けようとしている。


 どちらも、一度きりの話だ。


 この娘は、続く形を選んだ。


    ◇


 俺は、しばらく答えなかった。


 ――行き来。


 できるかどうかは、分からない。


 二年二月、俺は千二百語を渡した。


 その中に「また来る」を伝える形は、まだ作っていない。


「マリ」


「うん」


「――できるとは、言えん」


    ◇


「うん」


「できないとも、言えん」


 俺は言った。


「試したことがないからだ」


「じゅうぶん」


 彼女は言った。


「できないって、いわれてないなら、じゅうぶん」


    ◇


 俺は、その言い方を聞いた。


 ――可能性はゼロではない。


 当主が使った理屈と、同じ形だ。


 だが、中身が違う。


 あの男は、それで五十三人を突っ込む。


 この娘は、それで自分の帰り道を選んでいる。


    ◇


「マリ」


「なに」


「――一つ言っておく」


「うん」


「行き来ができるようになるまで、何年かかるか分からん」


 俺は言った。


「十年かもしれん。……その間、お前はどうする」


    ◇


 彼女は、少し笑った。


「はかる」


 彼女は言った。


「わたし、みならい。……いっぱんに、なりたい」


「その次は」


「じゅくれん」


「その次は」


「――とっきゅう」


    ◇


「特級は、この町に二人しかいない」


 俺は言った。


「一人は八十過ぎで、もう潜ってない」


「じゃあ、あとひとり」


 彼女は言った。


「ハルトが、そのひとり」


「そうだ」


    ◇


「なら、みっつめに、なる」


 彼女は言った。


 俺は、その言い方に少し口の端が動いた。


「――二十年かかるぞ」


「にじゅうねん、いれば、いい」


 彼女は言った。


「いききしながら」


    ◇


 俺は、石段の一段目に足をかけた。


 右寄りの窪みだ。


 百年ぶんの誰かが、ここで足を止めた場所。


 俺は、そこに立った。


    ◇


 今日、俺は三度唱えた。


 四度目になる。


 ――日に一度。


 三百年前の用心だ。


 俺は、それをもう守らない。


    ◇


 俺は、息を吸った。


 二十年、俺はこれを「危ない場所に入る前のまじない」として唱えてきた。


 意味を知らずに。


 二年、意味を追いかけた。


 今夜、初めて――


    ◇


 ――言うために、唱える。


 誰かに聞かせるために。


 開けるためでも、守るためでもなく。


 俺は、唱えた。


 ――シャルカディ・オム・ネイア。


    ◇


 サルの繋ぎ目へ、帰る。


 二十年、俺は毎朝そう言ってから、遺跡に降りていた。


 降りて、帰ってきた。


 二十年、一度も欠かさずに。


    ◇


 石段が、光った。


 二百四十段が、下まで一度に。


 俺は、その光の中に立っていた。


 中にいる二十二人にも、見えているはずだ。

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