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測量士と転移者  作者: ごま


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102/120

止まった音

 四度目の音は、来なかった。


 俺たちは、四半刻待った。


 鶴嘴の音も止まっている。


 上が、静かになった。


「マリ。手を止めろ」


「うん」


    ◇


 部屋が、静かになった。


 水滴の音だけがある。


 俺は、天井を見上げた。


 ――止まった。


 理由は、三つ考えられる。


    ◇


 一つ。合図が届いて、退いた。


 二つ。壁が抜けて、次の作業に移った。


 三つ。何かが起きて、動けなくなった。


 俺は、その三つを野帳に書いた。


 書いて、二つ目に線を引いた。


    ◇


「マリ。二つ目は消せる」


「なんで」


「壁が抜けたなら、瓦礫を落とす音がする」


 俺は言った。


「抜いた後は、必ず片付ける。……その音がない」


    ◇


 残りは、二つだ。


 退いたか、動けないか。


 どちらかは、上がらないと分からない。


「マリ」


「うん」


「――上がる」


    ◇


 俺たちは、部屋を出た。


 出る前に、俺は一つやった。


 オルソの杆を、元の隅に戻した。


「もっていかないの」


「持っていかん」


 俺は言った。


「これは、ここの道具だ。……俺のじゃない」


    ◇


 階段を上がり、点検口を抜けて、水に出た。


 水位が上がっていた。


 胸まであった場所が、肩まで来ている。


 ――押し寄せた分だ。


「マリ。経路を言え」


「まえじゅうに、みぎよん、うしろじゅうはち、ひだりろく」


 逆順だ。間違っていない。


    ◇


 俺たちは、斜路の下に戻った。


 二百尺を登る。


 三寸勾配だ。降りるより、登るほうが楽だ。


 だが、水を吸った服が重い。


    ◇


 百尺の地点で、俺は足を止めた。


 壁の大きな模様のところだ。


 五尺八寸の同心円。


 ――光ってる。


 降りるときは、暗かった。


    ◇


「マリ。これ、光ってたか」


「ひかってなかった」


 彼女は言った。


「したりるとき、くらかった」


 俺は、その模様に手を当てた。


 温かい。


    ◇


 俺は、四つの弧を確かめた。


 三つが光っている。


 四つ目は――


 俺は、灯りを近づけた。


 光っていた。


    ◇


「マリ」


「――ひかってる」


「四つ目もだ」


 俺は言った。


「下で、板を外した。……それが効いてる」


    ◇


 俺は、その意味を組んだ。


 四つ目は、門ではなかった。ボーリング孔だった。


 塞いであった板を、俺が外した。


 外したら、上の紋章の四つ目も光り始めた。


 ――繋がってる。


 この二つは、同じものを表示している。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――これは、地図じゃない」


 俺は言った。


「二年二月前、俺は『紋章は地図だ』と思った。……違う」


「じゃあ、なに」


「――計器だ」


    ◇


「けいき」


「今の状態を示す盤だ」


 俺は言った。


「船の羅針盤みたいなものだ。……三つの門が開いてれば三つ光る。穴が塞がってれば四つ目は消える」


    ◇


 俺は、その考えを口に出してから、二十年分の記憶を辿った。


 ――同じ模様が、十一か所にある。


 サルカドの壁。狐の背。カラン村の床。ヌイ村の基礎。観星卿団の絵。


 そして、この斜路の壁。


    ◇


 全部、同じ状態を映しているのか。


 もしそうなら――


「マリ」


「うん」


「――狐を出せ」


    ◇


 彼女は、布包みを開いた。


 狐を灯りにかざす。


 背中の模様が、光っていた。


 同心円の内側だけではない。


 全体が、淡く。


    ◇


 俺は、その背中の四つの弧を見た。


 三つが明るい。


 四つ目が――


 俺は、目を近づけた。


 光っている。


    ◇


「マリ」


「――ハルト」


「同じだ」


 俺は言った。


「壁と、狐が、同じことを表示してる」


 俺は、その狐を見た。


「二十年、俺はこいつを直しては仕舞ってた」


    ◇


 俺は、その事実に少し打たれた。


 ――計器だった。


 俺は二十年、計器を仕舞い込んでいた。


 動かない置物だと思って。


「マリ。これは、いつから光ってた」


「わかんない」


 彼女は言った。


「みずのなかで、ひかって、そのあと、きえた」


    ◇


「そのあと、見てないか」


「みてない」


 彼女は言った。


「ふくろに、いれた」


 俺は、頷いた。


「――なら、いつからかは分からんな」


    ◇


 俺たちは、登り続けた。


 百五十尺。


 百八十尺。


 二百尺で、斜路の上に着いた。


 通路に出る。


    ◇


 通路は、暗かった。


 だが、俺は違和感に気づいた。


 ――空気が動いてる。


 降りるときは、動いていなかった。


「マリ。灯りを寝かせろ」


「うん」


    ◇


 炎が、傾いた。


 風が来ている。


 通路の先から。


 ――上の方だ。


 俺たちが来た方向とは、逆だ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――どこかが開いた」


 俺は言った。


「風が通るということは、二か所以上開いてるということだ」


    ◇


 俺は、その意味を考えた。


 浅い家の蓋は、俺が開けたままだ。


 それが一つ目。


 二つ目は――


 上で、壁が抜けたか。


 あるいは、崩れたか。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――急ぐぞ」


「うん」


 俺たちは、八百歩を走った。


 途中で、俺は一度だけ足を止めた。


    ◇


 石段の下を横切る地点だ。


 天井を見上げる。


 ――割れてる。


 髪の毛ほどの亀裂が、三本走っていた。


 降りるときには、なかった。


    ◇


 俺は、その亀裂を測った。


 長さ、四尺。三尺八寸。二尺二寸。


 幅は、どれも髪の毛ほど。


 ――まだ、動いていない。


 亀裂は、入っただけでは落ちない。


 落ちるのは、幅が広がってからだ。


    ◇


「マリ。灯りを近づけろ」


「うん」


 俺は、亀裂の縁を見た。


 粉が出ている。


 新しい。


 ――今も動いてる。


    ◇


「マリ。ここは走るな」


「――なんで」


「振動だ」


 俺は言った。


「走ると、足が地面を叩く。……その分だけ、亀裂が進む」


「じゃあ、どうする」


「歩く」


 俺は言った。


「速く、静かに」


    ◇


 俺たちは、歩いた。


 足を、置くように運ぶ。


 二十年、崩落しかけた坑を抜けるときにやってきた歩き方だ。


 若い頃、師匠に叩き込まれた。


 ――走る奴から先に埋まる。


    ◇


 三十歩進んだところで、後ろで音がした。


 小さい。


 砂が落ちる音だ。


 振り返らなかった。


 振り返れば、足が止まる。


 止まれば、重心が変わる。


    ◇


「マリ。振り返るな」


「うん」


「前だけ見ろ」


「うん」


 彼女の声は、落ち着いていた。


 ――二年で、この娘は現場の人間になった。


    ◇


 亀裂の区間を抜けたところで、俺は足を止めた。


 振り返る。


 通路の天井から、細い砂が糸のように落ちていた。


 三本。


 亀裂の位置と、同じだ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――あそこは、もう通れん」


 俺は言った。


「帰りは、この道を使えない」


「じゃあ」


「石段から出る」


 俺は言った。


「四十二人の、真ん中を通ってな」

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