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測量士と転移者  作者: ごま


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101/120

届かない声

 三度目の音が、上から来た。


 これまでで一番重い。


 水が、部屋の入口まで押し寄せた。


 階段の下三段が濡れた。


 天井から、石が落ちた。


 拳大のものが二つ。


    ◇


「マリ。壁際へ」


「うん」


 俺は、天井を見上げた。


 ひび割れは、まだない。


 だが、砂が落ち続けている。


 ――三度目で、これだ。


 四度目があれば、抜ける。


    ◇


 俺は、その時、音を聞いた。


 火薬の音ではない。


 声だ。


 遠い。


 だが、確かに人の声だった。


    ◇


 俺は、耳を澄ませた。


 ――唱えている。


 節がある。


 俺の句と、似ている。


 似ているが、長い。


    ◇


「マリ。数えろ」


「うん」


 俺たちは、その音を数えた。


 音の数を。


 俺の句は四音だ。


 あれは――


    ◇


「じゅういち」


 マリが言った。


「十一だ」


 俺は言った。


「俺のは四つだ。……三倍近い」


    ◇


 俺は、その意味を組んだ。


 ――三百年ぶんの飾りだ。


 二年二月前、レイヴが言っていた。


 分家の句は、三百年ぶんの飾りがついて崩れている、と。


 四音が十一音になっている。


    ◇


 声は、三度繰り返した。


 三度とも、同じだった。


 ――規則的だ。


 あの男も、規則は守っている。


 三度唱えて、止まった。


    ◇


 俺は、床の光を見た。


 変わらない。


 三つの弧が光ったままだ。


 四つ目は、板を外したまま。


 ――応えていない。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――何も起きてない」


「きこえてない、の?」


「聞こえてる」


 俺は言った。


「聞こえてて、応えてない」


    ◇


 俺は、そこで一つ確かめたくなった。


 俺は、床の刻みに手を当てた。


 そして、待った。


 しばらくして、光が動いた。


 三つの弧が、順に明滅した。


 三度。


    ◇


 ――高、低、低。


 「違う」だ。


 俺は、その並びを二度確かめた。


 同じだった。


「マリ」


「――ちがう、って」


「そうだ」


    ◇


 俺は、その意味を考えた。


 俺が何かを渡したわけではない。


 なのに、「違う」が返った。


 ――上の声に対してだ。


 あれは、当主の句を聞いて、「違う」と返している。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――俺のときと同じだ」


 俺は言った。


「二年二月前、俺が音を間違えると、これが返った」


 俺は、床を見た。


「あの男の句は、間違ってる」


    ◇


「まちがってる、って」


「三百年、伝言してきたからだ」


 俺は言った。


「人から人へ渡すたびに、少しずつ変わる。……四音が十一音になるまで変わった」


「なおせないの」


「――たぶん、直せる」


    ◇


 俺は、その可能性を口に出した。


「俺の句は、正しい形を保ってる。……あの男に渡せば、直せる」


「わたす?」


「そうだ」


 俺は言った。


「四音を教えれば、あの男の句は正しくなる」


    ◇


 マリが、俺を見た。


「ハルト」


「なんだ」


「それ、わたして、いいの」


    ◇


 俺は、答えなかった。


 ――渡せば、開く。


 あの男は、開けたい。


 開けて、何をするかは知らない。


 だが、二千人を巻き添えにする覚悟がある男だ。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――渡さん」


 俺は言った。


「渡せば、あの男は正しい句で開ける。……そして、俺は止められなくなる」


「じゃあ、どうする」


「――止める」


    ◇


「どうやって」


「上へ行く」


 俺は言った。


「四度目の前に、火薬を止める」


「あがるの」


「上がる」


    ◇


 俺は、荷を担ぎ直した。


 斜路を二百尺登る。


 通路を八百歩戻る。


 浅い家の蓋から出て、野原を横切って、石段の正面へ回る。


 ――半刻以上かかる。


 四度目に、間に合わない。


    ◇


 俺は、その計算を口に出した。


「マリ。間に合わん」


「うん」


「だが、他に手がない」


「――ある」


 彼女は言った。


    ◇


 俺は、顔を上げた。


「言え」


「ハルトの、こえ」


 彼女は言った。


「あがらなくても、とどく」


「――どういう意味だ」


    ◇


「さっき、うえの、こえ、きこえた」


 彼女は言った。


「きこえた、ってことは、こっちの、こえも、いくかも」


 俺は、その理屈を検討した。


 ――音は、往復する。


 二十年、坑でそれを使ってきた。


 叩いて、返りを聞く。


    ◇


「マリ。俺の声じゃ届かん」


「なんで」


「上の連中は、四十二人だ」


 俺は言った。


「火薬を運んで、壁を叩いてる。……人の声が一つ聞こえても、止まらん」


「じゃあ」


    ◇


 俺は、そこで止まった。


 ――声ではない。


 音だ。


 二十年、俺が聞き分けてきた音がある。


 この町の測量士なら、全員が知っている音がある。


    ◇


「マリ」


「うん」


「――杆を貸せ」


「じぶんの、あるでしょ」


「二本要る」


 俺は言った。


「ここに、オルソの杆がある」


    ◇


 俺は、二本の杆を持った。


 同じ長さ。同じ太さ。同じ材。


 千年前に、同じ日に作られた二本だ。


 俺は、それを天井に向けた。


「マリ。耳を塞げ」


「うん」


    ◇


 俺は、二本の石突きを打ち合わせた。


 鉄と鉄だ。


 高い音が鳴った。


 狭い部屋に、跳ね返る。


    ◇


 二度。


 間を置いて、一度。


 ――ギルドの合図だ。


 二十年、この町の測量士が使ってきた。


 「崩れる。退け」という意味だ。


    ◇


 俺は、それを繰り返した。


 二度、一度。


 二度、一度。


 音が、天井を伝って上がっていく。


 ――届くか。


 分からない。


    ◇


 俺は、二十回打った。


 腕が痺れてきた。


 鉄の棒を打ち合わせるのは、思ったより力が要る。


「マリ。代われ」


「うん」


 彼女が、二本を受け取った。


    ◇


 彼女の打ち方は、俺より正確だった。


 間隔が揃っている。


「――お前、うまいな」


「かぞえてる、から」


 彼女は言った。


「ハルトは、うでで、うってる。わたしは、かずで、うってる」


    ◇


 俺は、その違いを聞いた。


 ――数で打つ。


 二年二月、この娘が下と話すときに使ってきた方法だ。


 規則的に入れる。


 そうすれば、向こうは規則だと認識する。


「マリ」


「なに」


「――そのまま続けろ」


    ◇


 俺は、その間に別のことをした。


 床の穴に、もう一度杆を入れた。


 八十尺。


 押し返してくる場所まで。


 そして、そこで叩いた。


 二度、一度。


    ◇


 ――上と、下の両方に出す。


 上には、退けと伝える。


 下には、何かが起きていると伝える。


 二年二月、俺は下に「今、何が起きているか」を渡す形を持っていない。


 だが、規則的な音なら、伝わる。


    ◇


 杆が、押し返してきた。


 いつもの十二の間隔ではない。


 速い。


 二度、一度。


 ――同じ形だ。


    ◇


「マリ。止まれ」


 彼女が、手を止めた。


「――ハルト」


「返ってきた」


 俺は言った。


「下から、同じ音が返った。二度、一度だ」


    ◇


 俺は、その意味を組んだ。


 ――真似ただけかもしれない。


 二年二月、あれは何度も俺の音を返してきた。


 意味を理解したのではなく、形を返しただけかもしれない。


 だが、今は速さが違った。


 いつもの十二を、あれは崩した。


    ◇


 だが、届く相手が一人だけいる。


 二十年、俺と同じ現場を歩いてきた人間ではない。


 石段の外に立っている男だ。


 二年二月前、十日間そこに立っていた男だ。


 ――レイヴ。


 あの男なら、この音を知っている。

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