第八話 夕焼けの帰り道
約束の日。
放課後のチャイムが鳴ると、教室は一気に慌ただしくなった。
「朝倉、部活見学行くだろ?」
佐々木がサッカーボールを抱えながら声をかける。
「今日はやめとく。」
「珍しいな。」
「約束があるから。」
そう答えた瞬間、佐々木が意味ありげな笑みを浮かべた。
「なるほど。」
「違うって。」
「何が?」
「……もういい。」
言えば言うほど怪しくなる。
陽斗はため息をついて教室を出た。
昇降口には、美月が待っていた。
制服の上に薄いカーディガンを羽織り、鞄を胸の前で抱えている。
陽斗に気付くと、小さく手を振った。
「お待たせ。」
「私も今来たところ。」
その言葉に、陽斗は少し笑う。
(絶対、先に来てたよな。)
でも、それを口にはしなかった。
二人で校門を出る。
最初の数分は、会話がなかった。
沈黙。
けれど、不思議と居心地は悪くない。
「今日は暖かいね。」
美月が空を見上げる。
「うん。」
「桜、もうすぐ満開かな。」
「そうかも。」
会話は短い。
でも、一つ言葉を交わすたびに、沈黙が少しずつやわらかくなっていく。
商店街を抜け、小さな橋を渡る。
川面が夕日に照らされ、金色に揺れていた。
「きれい。」
美月が立ち止まる。
陽斗も隣で足を止めた。
空は、オレンジから淡い紫へ変わろうとしている。
「朝倉くん。」
「ん?」
「夕焼け、好きって言ってたよね。」
「うん。」
「理由、分かったかもしれない。」
「え?」
美月は空を見つめたまま言う。
「一人で見る夕焼けも好きだけど。」
少しだけ笑う。
「誰かと見る夕焼けは、もっと好き。」
陽斗は返事ができなかった。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
そんなことを言われると思っていなかった。
「……俺も。」
やっと出た言葉は、それだけだった。
美月は嬉しそうに笑う。
「よかった。」
橋の上を自転車が通り過ぎる。
制服の裾が風に揺れた。
「そういえば。」
陽斗が話題を変える。
「水瀬って、本以外に好きなものあるの?」
「ありますよ。」
「何?」
「秘密。」
「え?」
「まだ教えません。」
「ずるい。」
「朝倉くんも全部話してないでしょう?」
「そうかな。」
「そうです。」
二人で笑う。
駅が近づいてくる。
改札の前で立ち止まる。
「じゃあ。」
「また明日。」
「うん。」
それだけ言って別れた。
家へ帰る電車の中。
陽斗は窓に映る自分を見て、少しだけ驚く。
笑っていた。
何か特別なことがあったわけじゃない。
手をつないだわけでもない。
告白したわけでもない。
ただ、一緒に帰っただけ。
それなのに。
今日という一日が、今までの高校生活で一番楽しかった。
その頃。
反対方向の電車では、美月も窓の外を見ながら、小さく笑っていた。
「誰かと見る夕焼けは、もっと好き。」
思い切って言えた。
その一言だけで、胸が少し軽くなる。
でも。
本当に伝えたい言葉は、まだ胸の奥にしまったままだった。
その言葉を口にするには、二人ともまだ少しだけ臆病だった。




