第三十九話 続けるということ
屋根裏の時間は、思っていたより早く過ぎていった。
それでも、二人にとっては長い沈黙の続きだった。
夕方。
窓の光が少しだけ傾いている。
本棚の影が、ゆっくりと伸びていた。
「ねえ」
美月が言う。
陽斗は顔を上げる。
「この場所さ」
少しだけ迷ってから続ける。
「これからも、来ていいのかな」
その問いは、恋の言葉ではなかった。
でも、それよりずっと重かった。
陽斗はすぐに答えなかった。
本棚を見上げる。
しばらくしてから言う。
「来るだけなら、いつでもいいと思う」
美月は少しだけ目を細める。
「“来るだけなら”?」
陽斗は小さく笑う。
「いや」
「“来るなら”かな」
言い直した言葉に、少しだけ誠実さがあった。
沈黙。
でも、もう怖い沈黙ではなかった。
美月はしおりを指でなぞる。
「昔はさ」
「ここに来れば、当たり前に会えたよね」
「うん」
「でも今は違う」
陽斗が頷く。
「今は、来るって決めないと来ない」
その言葉に、美月は少し笑った。
「大人だね」
「めんどくさいだけだろ」
少しだけ、昔の空気が戻る。
でも、すぐに静かになる。
「ねえ」
陽斗が言う。
「うん」
「続けるの、やめる?」
その問いは、重くはなかった。
ただ、正直だった。
美月は少しだけ目を伏せる。
考えている時間は長くない。
でも短くもない。
そして、言う。
「やめる理由、ないよね」
陽斗は少し驚いたように笑う。
「それだけ?」
美月も笑う。
「それで十分じゃない?」
また沈黙。
でも今度は、安心の沈黙だった。
「じゃあさ」
陽斗が言う。
「たまに来るか」
「うん」
「一緒に」
その言葉に、少しだけ間が空く。
でも、美月はすぐに頷いた。
「うん」
それだけだった。
約束でもない。
計画でもない。
ただの“これから”。
屋根裏の空気が、少しだけ軽くなる。
そのとき、美月がふと笑う。
「ねえ、朝倉くん」
「ん?」
「私たちさ」
少しだけ言葉を選んでから続ける。
「ずっとちゃんと会ってたんだね」
陽斗は一瞬だけ黙る。
そして言う。
「会ってなかっただけだろ」
美月は少し笑う。
「うん」
外の光が完全に夕方になる。
屋根裏に、少しだけオレンジが差す。
「そろそろ、降りるか」
陽斗が言う。
「うん」
二人は立ち上がる。
階段へ向かう。
でも、その足取りは軽かった。
“終わり”ではないと分かっているから。
“途中”に戻っただけだと分かっているから。
階段を降りる音が、静かに重なる。
ギシ。
ギシ。
同じリズム。
同じ時間。
店の扉を開けると、外はもう夕暮れだった。
空は、少しだけ優しかった。
栞堂はまだそこにある。
でも、それはもう「思い出の場所」ではなかった。
「また来るよ」
美月が言う。
「おう」
陽斗が返す。
それだけで十分だった。
二人は同じ方向へ歩き出す。
でも、手はつながない。
それでも、不思議と離れていない気がした。
栞堂は今日も静かにそこにある。
人が来る日を、何も言わずに待ちながら。




