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結ばれなかった恋にも、幸せな結末はある。 ~それでも僕たちは、何度でも出会い直す~  作者: なごやかたろう


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第三十二話 春の便り

三月。

まだ風は冷たいのに、日差しだけが少しだけ春を連れてきていた。

大学の講義を終え、アパートに戻った美月は、郵便受けを何気なく開けた。

中に一枚の葉書が入っている。

宛名は手書きだった。

水瀬美月 様

裏返す。

そこには、見慣れた筆跡があった。


『春の本が入りました。帰ってきませんか。』

栞堂店主


それだけだった。

でも、それ以上は必要なかった。

美月はその場でしばらく動けなかった。


「春の本……」


小さくつぶやく。

それは、ただの新刊案内ではないことを、すぐに理解した。



その日の夜。

美月は久しぶりに陽斗へメッセージを送った。

『栞堂から葉書来た』

すぐに既読がつく。

『俺も来た』

短い返事。

でも、その一行だけで十分だった。

二人とも同じものを受け取っている。

それだけで、距離が少しだけ縮まった気がした。



週末。

駅前で待ち合わせる。


「やっぱり来たんだ。」


陽斗が言う。


「うん。」


美月は少し笑う。


「行かない理由、なかった。」


二人は自然と栞堂へ向かう。

春の風が、少しだけ暖かい。



栞堂の扉を開けると、カランと鈴が鳴った。


「やっぱり来たね。」


店主は最初から分かっていたような顔をしていた。


「葉書、ありがとうございました。」


美月が頭を下げる。


「ありがとうって言われるようなことはしてないよ。」


店主は笑う。


「ただ、本が少し増えただけだ。」

「でも。」


陽斗が言う。


「それで来ちゃいました。」

「それでいい。」


店主は頷く。


「本も、人も、きっかけはそんなものだ。」



店内には新しい棚が増えていた。

「春の本」と書かれた手書きの札。

淡い色の表紙が並んでいる。


「選んでいいよ。」


店主が言う。


「今日は読みに来る日だ。」


二人は自然とそれぞれ一冊を手に取る。

昔と同じように、窓際の席へ座る。



しばらく、言葉はなかった。

ページをめくる音だけが、店内に落ちる。

でも、その沈黙は昔と違う。

高校生の頃の沈黙は「一緒にいる時間」だった。

今の沈黙は、「それぞれの時間が重なっている」ものだった。

少しだけ、大人になった沈黙。



「ねえ。」


美月が本から顔を上げる。


「ん?」


陽斗も顔を上げる。


「高校の時ってさ。」


少し笑う。


「毎日会えてたの、今思うとすごいね。」

「だな。」


陽斗も笑う。


「当たり前だったけど。」

「今は当たり前じゃない。」


その言葉に、少しだけ沈黙が落ちる。

でも、重くはない。



「でもさ。」


陽斗が続ける。


「会えなくなったわけじゃない。」

「うん。」

「会いに行くようになっただけだ。」


美月はその言葉を聞いて、小さく目を細めた。

(たしかに。)

(そうかもしれない。)

距離は伸びた。

時間も減った。

それでも。

“終わった”わけではない。



帰り際。

店主がカウンターから声をかける。


「次の春も、葉書を出すよ。」

「その時も来るかい?」


美月は少しだけ迷ってから、笑った。


「来ます。」


陽斗も頷く。


「たぶん、来ます。」


店主は満足そうに笑う。


「それでいい。」



駅までの帰り道。

桜のつぼみが、ほんの少しだけ膨らんでいる。


「ねえ。」


美月が言う。


「もし、あの葉書なかったらさ。」

「うん。」

「たぶん、今年の春、会ってなかった気がする。」


陽斗は少し考えてから答える。


「俺もそう思う。」


少し間を置いて、続ける。


「でも、あの人はそういうの分かってるんだろうな。」

「うん。」


美月は小さく笑う。


「店主さん、ずるいよね。」

「優しいだけだろ。」

「それもずるい。」


二人は笑った。

春の空気が、少しだけ柔らかくなった気がした。



その夜。

店主は一人、栞堂の窓を開けていた。

夜風が、本棚の間を通り抜ける。

机の上には、葉書の下書きが一枚。

そこには、まだ何も書かれていない。

ただ、鉛筆で小さくだけ書いてある。

『春の本が入りました。』

店主はそれを見て、少しだけ微笑んだ。


「これでいいんだよな。」


誰に向けるでもなく、そう呟いた。

本棚の中では、新しい本が静かに待っていた。

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