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結ばれなかった恋にも、幸せな結末はある。 ~それでも僕たちは、何度でも出会い直す~  作者: なごやかたろう


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第三十一話 少しずつ変わる景色

四月。

桜は今年も咲いた。

けれど、その桜を見上げる場所は、もう同じではなかった。

美月は県外の教育大学へ進学し、一人暮らしを始めた。

陽斗は地元の大学工学部へ進学し、自宅から通っていた。

二人とも、それぞれの夢へ向かって歩き始めていた。



「大学はどう?」

四月の終わり。

久しぶりに届いた美月からのメッセージ。

陽斗は講義が終わってから返信する。

『思ったよりレポートが多い。』

すぐに返事が返ってきた。

『こっちも。高校って楽だったんだね。』

思わず笑う。

高校の頃なら、こんな話は帰り道にしていた。

今は、小さな画面の中で交わされる。

それでも、相手の笑顔が浮かぶようなやり取りだった。



五月。

大型連休。


「久しぶり。」


駅前で待ち合わせる。

一年ぶりではない。

卒業式以来、一か月半ぶり。

それなのに、どこか照れくさい。


「髪、少し伸びた?」


陽斗が言う。


「分かる?」


美月が笑う。


「大学だと校則ないから。」

「似合ってる。」


その一言に、美月は少しだけ目を丸くした。


「ありがとう。」


高校生の頃なら、きっと照れて話題を変えていた。

少しだけ、大人になったのかもしれない。



二人は自然と栞堂へ向かった。


「おかえり。」


店主は昔と変わらない笑顔で迎える。


「ただいま。」


二人は同時に答えて、顔を見合わせて笑った。


「いい言葉だ。」


店主が嬉しそうにつぶやく。


「『いらっしゃい』じゃなく、『おかえり』。」

「ここは。」


カップを置きながら続ける。


「帰ってくる場所だからね。」


その言葉に、美月の肩の力がふっと抜けた。

大学では毎日が新しい。

友達も授業も街並みも。

楽しい。

でも、どこか気を張っている自分がいた。

栞堂の木の匂いを吸い込むと、高校生だった頃の自分が、少しだけ戻ってくる気がした。



「大学、楽しい?」


店主が尋ねる。


「はい。」


二人は頷く。


「でも。」


陽斗が苦笑する。


「高校みたいには会えません。」

「そうだね。」


店主は穏やかに微笑んだ。


「大人になるとね。」

「会うことは、約束になる。」


その一言に、二人は静かに頷く。

高校の頃は違った。

図書室へ行けば会えた。

放課後になれば栞堂へ行けた。

約束なんて、ほとんど必要なかった。

それがどれほど幸せだったのか、今になって分かる。



夕方。

駅で別れる。


「次は夏休みかな。」


美月が言う。


「たぶん。」

「お互い忙しいもんね。」

「うん。」


少しだけ沈黙が流れる。


「じゃあ。」

「また。」


二人は笑って手を振る。

その笑顔に嘘はなかった。

寂しさも、ちゃんと本物だった。



夏。

秋。

冬。

季節は静かに巡っていく。

メッセージは続いていた。

『テスト終わった?』

『今日は教育実習の話を聞いたよ。』

『レポートが終わらない。』

『栞堂、行った?』

少しずつ。

少しずつ。

返事が遅くなる。

忙しいから。

疲れているから。

理由はちゃんとある。

誰も悪くない。

だからこそ、距離はゆっくりと広がっていった。



冬の終わり。

陽斗は一人で栞堂を訪れた。


「こんにちは。」

「いらっしゃい……いや。」


店主が笑う。


「おかえり。」

「ただいま。」


その言葉が、自然に口から出た。

窓際の席へ座る。

向かいの椅子は空いている。

高校生の頃なら、その空席を寂しく思っただろう。

でも今日は違った。

(元気にしてるかな。)

そう思うだけで、不思議と笑顔になれた。

店主がコーヒーを運んでくる。


「春休みには帰ってくるよ。」

「え?」

「水瀬さん。」


店主は優しく笑う。


「この前、葉書が届いた。」

「『春になったら帰ります』って。」


陽斗は少しだけ胸が温かくなった。


「そっか。」

「楽しみだな。」


その言葉は、自分でも驚くほど自然だった。



その夜。

陽斗は机の引き出しを開けた。

高校の卒業祝いにもらった革のしおり。

交換した手作りのしおり。

どちらも、今読んでいる本に挟まれている。

本を閉じる。

ふと思う。

(高校の頃は。)

(「明日」が当たり前だった。)

ページをめくるたびに会えた。

季節が変わるたびに笑い合えた。

今は違う。

次に会える日は、約束しなければやって来ない。

それでも。

会いたいと思える場所があって。

会いたいと思える人がいる。

それだけで、人生は少し豊かになるのかもしれない。

窓の外では、春を待つ夜風が静かに吹いていた。

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