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結ばれなかった恋にも、幸せな結末はある。 ~それでも僕たちは、何度でも出会い直す~  作者: なごやかたろう


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第二十八話 歩幅

三年生の春は、驚くほどあっという間に始まった。

新しいクラス。

進路希望調査。

校内には「受験」という言葉が、少しずつ増えていく。

去年までの春とは違う空気だった。


「水瀬。」


昼休み、図書室で陽斗が声をかける。


「進路、決めた?」


美月は読んでいた本を閉じた。


「うん。」


少し照れたように笑う。


「第一志望は教育学部。」

「先生になる?」

「まだ分からない。」


首を横に振る。


「でも、本に関わる仕事がしたい気持ちは変わらないから。」


陽斗は静かに頷いた。

あの日、栞堂で夢を語っていた美月と、同じ目をしていた。


「朝倉くんは?」

「工学部かな。」

「ものづくり?」

「父さんの仕事を見てたら、そういう仕事もいいなって思って。」

「朝倉くんらしい。」


美月は柔らかく笑った。


「ちゃんと誰かの役に立つものを作りそう。」

「そうかな。」

「うん。」


迷いなく答える。

その言葉が、陽斗には少し照れくさかった。



放課後。

二人は久しぶりに栞堂へ寄った。

受験勉強が始まってから、来る回数は少し減っていた。

店主は二人を見ると、何も言わずに温かいココアを用意してくれる。


「最近、忙しそうだね。」

「はい。」


美月が苦笑する。


「問題集ばかり読んでます。」

「本屋の子が聞いたら泣くよ。」


店主が笑う。


「小説じゃなくて参考書ばかりなんて。」


三人で笑う。

その笑い声も、どこか以前より静かだった。


「店主さん。」


陽斗が棚を見渡しながら言う。


「受験の時って、本、読んでましたか。」


店主は少し考えた。


「読んでいたよ。」

「息抜きですか?」

「違う。」


店主は一冊の文庫本を取り出す。


「自分を忘れないため。」


その言葉に、二人は耳を傾けた。


「勉強を頑張ることは大事だ。」

「でもね。」


文庫本をそっと棚へ戻す。


「夢を追いかけているうちに、自分が何を好きだったのか忘れてしまう人もいる。」

「だから私は、どんなに忙しくても一日十分だけ本を読んでいた。」

「好きだった自分を、置いていかないように。」


美月はその言葉を胸の中で何度も繰り返した。

『好きだった自分を、置いていかないように。』

それは、本だけの話ではない気がした。



帰り道。

夜風が少し冷たい。


「受験が終わったら。」


陽斗が言う。


「また、ゆっくり本を読もう。」

「うん。」


美月は笑う。


「屋根裏の書庫にも行きたい。」

「あそこ、落ち着くもんな。」

「うん。」


少し間が空く。


「卒業しても。」


美月がぽつりと言う。


「栞堂には来ようね。」


陽斗は迷わず答えた。


「もちろん。」


その約束は、どちらも本気だった。

嘘なんて、一つもなかった。



その夜。

美月は日記を開く。

五月二十三日。

進路が決まってきた。

朝倉くんと話していると、お互いにちゃんと前を向いているんだなって思う。

少しだけ安心した。

少しだけ寂しかった。

もし違う大学になっても。

違う町に住むことになっても。

栞堂は、きっとここにある。

だから大丈夫。

そう思いたい。

でも、人は大人になると、本当に「またね」で会えるんだろうか。

今日は、そんなことを考えてしまった。



閉店後。

店主は店先に出て、夜空を見上げた。

雲の切れ間から、小さな星がひとつ見える。


「若いって、不思議だ。」


誰に聞かせるでもなくつぶやく。


「未来は楽しみなのに、未来が来るのが少し怖い。」


店の灯りを消す。

栞堂は静かに眠りについた。

明日もまた、誰かの「今」を受け止めるために。

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