第二十五話 春は、少しだけ遠くなる
四月。
桜が、去年と同じように校門を彩っていた。
でも。
去年とまったく同じ春は、どこにもなかった。
昇降口には、新しいクラス分けが貼り出されている。
「見に行こう!」
あちこちから歓声が上がる。
陽斗は人混みの後ろから、ゆっくりと名簿を探した。
二年二組 朝倉陽斗
見つけた。
そのすぐ下には、美月の名前はない。
胸が少しだけざわつく。
もう一度、別のクラスを見る。
二年四組 水瀬美月
「あ……。」
小さく息が漏れた。
離れた。
たったそれだけのこと。
なのに、去年の春より桜が遠く感じた。
「朝倉くん!」
人混みの向こうから、美月が手を振る。
「見つけた?」
「うん。」
「クラス、違ったね。」
美月は笑っていた。
少しだけ寂しそうに。
「でも。」
すぐに続ける。
「休み時間もあるし。」
「栞堂もある。」
陽斗も笑った。
「そうだな。」
その言葉に救われる。
クラスが違っても。
会えなくなるわけじゃない。
そう思えた。
新しい教室。
新しい席。
新しいクラスメイト。
去年とは違う毎日が始まる。
「朝倉。」
隣の席になった男子が声をかける。
「よろしく。」
「ああ、よろしく。」
少しずつ新しい輪ができていく。
それは悪いことじゃない。
高校二年生は、高校一年生より少しだけ世界が広くなる。
昼休み。
陽斗は自然と図書室へ向かった。
扉を開ける。
「いた。」
窓際の席で、美月が本を読んでいた。
顔を上げる。
目が合う。
「来ると思った。」
「俺も。」
二人とも笑う。
「新しいクラス、どう?」
「まだ緊張する。」
「そっちは?」
「同じ。」
それだけ話していると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「短いね。」
「うん。」
去年なら、放課後まで一緒だった。
今年は違う。
それでも。
「また放課後。」
「栞堂で。」
その約束は変わらない。
夕方。
栞堂。
店主は二人の顔を見るなり、小さく笑った。
「なるほど。」
「クラス替えか。」
「分かるんですか?」
美月が驚く。
「春になるとね。」
店主はコーヒーを淹れながら言う。
「毎年、少しだけ静かな顔をした子が来る。」
「でも。」
カップを置く。
「大丈夫。」
「本当に近い人とは。」
少しだけ間を置く。
「教室じゃなくても、会える。」
陽斗はその言葉を静かに聞いていた。
美月も、小さく頷く。
帰り道。
去年なら、学校からそのまま歩いてきた道。
今年は別々の教室から合流して歩く。
少しだけ新鮮だった。
「朝倉くん。」
「ん?」
「去年ね。」
美月が笑う。
「クラスが同じなのが当たり前だと思ってた。」
「俺も。」
「当たり前って。」
空を見上げる。
「なくなってから気づくんだね。」
「そうだな。」
陽斗は空を見た。
桜の花びらが一枚、風に乗って二人の間へ舞い落ちる。
去年も見た景色。
でも。
今年の桜は、少しだけ違って見えた。
その夜。
美月は日記を開く。
四月八日。
クラスが別々になった。
朝は少し寂しかった。
でも、お昼に図書室で会えた。
放課後は栞堂で会えた。
だから大丈夫。
……そう思っている。
でも、人って不思議。
会えなくなったわけじゃないのに。
「前みたいに会えない」が、少しだけ寂しい。
私は、いつの間にこんなに朝倉くんがいる毎日に慣れてしまったんだろう。
それはきっと、幸せなことなんだと思う。




