第二話 写真立て
家に帰ると、結菜は靴を脱ぐのもそこそこにリビングへ駆け込んだ。
「ママ! ハンバーグまだー?」
「今から焼くから、手を洗っておいで。」
「はーい!」
元気な返事が聞こえ、奈緒が笑う。
「陽斗もぼーっとしてないで、着替えてきて。」
「ああ、ごめん。」
そう返事をしたものの、足はなかなか動かなかった。
玄関に立ったまま、今日の出来事を思い返してしまう。
まさか、美月と再会するなんて。
しかも、お互い家族連れで。
十年前なら、あんな未来は想像もできなかった。
「パパー!」
結菜が廊下から顔をのぞかせる。
「早くー!」
「ああ、今行く。」
ようやく靴をしまい、二階の寝室へ向かう。
スーツを脱ぎ、部屋着に着替えようとしたとき、棚の上に置かれた写真立てが目に入った。
結婚式の日の写真だった。
白いドレス姿の奈緒が少し照れくさそうに笑い、その隣で自分も笑っている。
あの日のことは、今でもはっきり覚えている。
「幸せにします。」
そう誓った。
そして、その約束を後悔したことは一度もない。
奈緒と出会えたこと。
結菜が生まれたこと。
どちらも、自分の人生でかけがえのない宝物だった。
だからこそ、不思議だった。
今日、美月を見かけた瞬間、胸が少しだけ痛んだ理由が。
未練ではない。
奈緒への後ろめたさでもない。
もっと違う。
ずっと大切にしまっていたアルバムを、偶然開いてしまったような感覚。
忘れていたわけじゃない。
しまっていただけだった。
「陽斗。」
階下から奈緒の声がする。
「ご飯できたよー。」
「今行く。」
写真立てを元の位置に戻す。
その横には、結菜が幼稚園で描いた家族の絵が飾られていた。
少しいびつな丸が三つ。
『ぱぱ』
『まま』
『ゆいな』
たどたどしい文字に、思わず笑みがこぼれる。
「……今が、一番幸せだ。」
誰に言うでもなく、小さくつぶやいた。
それは、自分に言い聞かせる言葉ではない。
心からそう思っている。
それでも。
もし時間を巻き戻せるなら。
高校生だったあの自分に、一つだけ伝えたいことがあった。
「ちゃんと伝えろ。」
その一言だけで、何かが変わったのか。
それとも、何も変わらなかったのか。
答えは今もわからない。
だけど、その春があったから、今の自分がいる。
高校一年の四月。
入学式の日。
僕は、窓際で本を読んでいる一人の女の子に、初めて声をかけた。




