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結ばれなかった恋にも、幸せな結末はある。 ~それでも僕たちは、何度でも出会い直す~  作者: なごやかたろう


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第十九話 花火の夜

夏休みに入って一週間。

町内の夏祭りの日がやってきた。

夕方になると、商店街には屋台が並び、提灯に灯がともる。

焼きそばの香り。

金魚すくいではしゃぐ子どもたち。

浴衣姿の人たちが行き交い、町全体が少しだけ浮き立っていた。

陽斗は待ち合わせ場所の駅前で腕時計を見る。

約束の時間まで、あと二分。

その時だった。


「ごめん、お待たせ。」


振り向くと、美月が立っていた。

淡い水色の浴衣に、小さな朝顔の柄。

髪はいつもより少しだけ高い位置で結ばれ、白い簪が揺れている。

陽斗は一瞬、言葉を失った。


「……朝倉くん?」

「え?」

「どうしたの?」

「いや、その……。」


慌てて視線を逸らす。


「似合ってる。」


また、自然に口から出ていた。

美月は目をぱちぱちさせ、それから照れたように笑う。


「ありがとう。」

「朝倉くんも、その甚平、似合ってるよ。」

「ありがとう。」


二人で笑う。

それだけで、少し緊張がほどけた。



祭りは思っていた以上に人が多かった。


「りんご飴食べる?」

「半分こなら。」

「じゃあ一つだけ。」


焼きとうもろこしを食べて。

射的で陽斗が景品を一つだけ取って。

美月が「すごい」と笑う。

その何気ない時間が、とても楽しかった。


「朝倉くん。」

「ん?」

「夏休み、もう始まってるのに。」

「うん。」

「学校にいる時と同じくらい話してるね。」

「そうだな。」

「不思議。」


美月は小さく笑う。


「学校がなくても、変わらない。」

「栞堂があるから。」

「そうか。」


二人は顔を見合わせる。


「よかった。」


同時に同じ言葉が出た。

そして、同時に笑った。


花火大会が始まる十分前。

川沿いの土手へ向かう。

少し離れた場所に腰を下ろすと、夜風が心地よかった。


「ここ、見やすいね。」

「うん。」


少しだけ沈黙。

遠くで祭囃子が聞こえる。


「朝倉くん。」

「ん?」

「高校に入ってよかった。」


美月は夜空を見上げたまま言った。


「どうして?」

「朝倉くんに会えたから。」


その言葉に、陽斗の心臓が大きく鳴る。

ドン、と。

耳の奥まで響くくらい。


「私ね。」


美月は続ける。


「入学する前は、友達ができるか不安だった。」

「でも。」


少し笑う。


「今は毎日が楽しい。」


陽斗は何か言おうとした。


「俺も。」


そう言えばいい。

それだけでよかった。

でも。

喉の奥で言葉が止まる。

『俺も、水瀬に会えてよかった。』

その先が、言えない。


「ありがとう。」


結局、それしか言えなかった。


その時。

ドン――。

夜空に最初の花火が咲いた。

赤。

青。

金色。

大きな音が空いっぱいに広がる。

美月は子どものように目を輝かせた。


「きれい……。」


花火の光が横顔を照らす。

陽斗は花火ではなく、美月を見ていた。

(今なら。)

そう思った。

今なら言えるかもしれない。

『好きだ。』

たった三文字。

胸の中では何度も言えた。

けれど、口は動かなかった。


もし、この言葉で今の関係が変わってしまったら。

もし、困らせてしまったら。

もし、今みたいに笑えなくなったら。

その「もし」が、勇気を追い越してしまった。


「朝倉くん。」


花火を見上げたまま、美月が言う。


「来年も見たいね。」


陽斗は少しだけ目を閉じる。

来年。

その言葉が嬉しかった。


「うん。」


笑って答える。


「また来よう。」


その約束は、確かに交わされた。

けれど。

人生は、ときどき約束より少しだけ早く動き出す。

まだ二人は知らない。

来年の夏には、それぞれ違う場所で夢を追いかけ始めていることを。

そして、この夜が。

二人にとって、一番無邪気に笑えた夏だったことを。



その夜。

美月は日記を開いた。

八月三日。

今日は朝倉くんと夏祭りへ行った。

浴衣を「似合ってる」って言ってくれた。

花火もきれいだった。

でも。

一番嬉しかったのは、帰り道に「また来よう」と言ってくれたこと。

来年も。

再来年も。

その先も。

そんな未来を、少しだけ想像してしまった。

……だめだな。

期待しすぎると、あとで寂しくなるのに。

それでも今日は、少しだけ夢を見てもいい日にしたい。

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