第十七話 本がつないだ一日
文化祭当日。
朝から校舎はいつもとは違う空気に包まれていた。
廊下には色とりどりの装飾が飾られ、生徒たちの笑い声があちこちから聞こえてくる。
「朝倉くん、おはよう。」
図書室へ向かう途中、美月が声をかけた。
今日は制服ではなく、図書委員用の紺色のエプロン姿だった。
「おはよう。」
陽斗は思わず見とれてしまう。
「……似合ってる。」
口から出た瞬間、自分でも驚いた。
美月も少し目を丸くして、それから照れたように笑う。
「ありがとう。」
その笑顔だけで、朝から胸が少し温かくなった。
図書室では、二人で準備した展示がきれいに並んでいた。
『勇気が出る一冊』
『泣きたい日に読む本』
『大切な人を思い出す本』
テーマごとに並べられた本の横には、美月が書いた紹介文と、陽斗が描いた手書きのイラストが添えられている。
「イラスト、かわいいね。」
来場した女子生徒がそう言うと、陽斗は照れくさそうに頭をかいた。
「朝倉くんが描いたんですよ。」
美月が少し誇らしげに紹介する。
「えっ、意外!」
「上手!」
そんな言葉をもらい、陽斗は少し照れる。
その横で、美月は嬉しそうに微笑んでいた。
昼過ぎ。
図書室は思った以上に賑わっていた。
「このしおり、手作りなんですか?」
「はい。」
美月が笑顔で答える。
「一枚ずつ作りました。」
「かわいい!」
小学生くらいの女の子が、黄色いしおりを大事そうに受け取る。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
その笑顔を見て、美月も自然に笑顔になる。
その光景を見ながら、陽斗は思った。
(こういう仕事、向いてるんだろうな。)
夢を話していた日のことを思い出す。
『誰かと、本をつなぐ仕事がしたい。』
あの言葉は、本気だった。
午後。
展示を見に来た他のクラスの男子が、美月に話しかけていた。
「水瀬さん、この紹介文書いたの?」
「うん。」
「すごいね。」
「ありがとう。」
楽しそうに話している。
陽斗は少し離れた場所で、本を並べ直していた。
別に、気になるわけじゃない。
そう思う。
でも。
何度も視線がそちらへ向いてしまう。
「朝倉。」
後ろから店主……ではなく、佐々木が肩を叩いた。
「どうした?」
「え?」
「さっきから本、一冊しか並べ替えてないぞ。」
「……そう?」
「そう。」
佐々木はにやりと笑った。
「分かりやすいな。」
「何が?」
「自分で考えろ。」
それだけ言って去っていく。
陽斗はもう一度、美月を見る。
男子生徒と話していた美月が、ふとこちらへ視線を向けた。
目が合う。
その瞬間、美月は「少し待ってて」というように小さく手を振った。
それだけで、不思議と胸の中のもやもやが消えていく。
(……何だったんだ、今の。)
自分でも理由は分からなかった。
文化祭が終わり、夕方。
図書室には静けさが戻っていた。
「終わったね。」
美月が大きく息をつく。
「疲れた。」
「でも、楽しかった。」
「うん。」
机の上を見ると、手作りのしおりはほとんどなくなっていた。
「全部、誰かの本に挟まるんだね。」
陽斗がぽつりと言う。
美月はその言葉に頷いた。
「そう思うと、嬉しい。」
「誰かが本を開くたびに。」
「今日のことを思い出してくれたらいいな。」
その言葉に、陽斗はふとポケットへ手を入れた。
そこには、美月が作ってくれたしおりが入っている。
(これは、俺だけの一枚なんだ。)
そう思った瞬間だった。
ようやく気づく。
自分にとって、美月はもう「クラスメイト」ではない。
「特別」な存在になっている。
でも、その気持ちに名前を付けるには、まだ少しだけ勇気が足りなかった。
その夜。
美月は日記を開いた。
六月二十八日。
文化祭が終わった。
朝倉くんが「似合ってる」って言ってくれた。
たった一言なのに、一日中嬉しかった。
私って、本当に単純だ。
でも、今日分かったことがある。
朝倉くんが笑っていると、私も笑ってしまう。
そんな一日が、これからも続いたらいいのに。
そう思ってしまった。




