第十四話 まだ開かないページ
春が終わりに近づき、制服の上着を腕に掛けて歩く日が増えた。
放課後。
「今日は栞堂、寄る?」
陽斗が聞くと、美月は嬉しそうに頷いた。
「うん。」
二人はいつもの商店街を歩く。
「いらっしゃい。」
店主は、今日も同じ場所に座って本を読んでいた。
「こんにちは。」
「今日は二人に、ちょっと見てほしい本がある。」
「私たちに?」
美月が首をかしげる。
店主は棚の奥から、二冊の文庫本を持ってきた。
一冊は青い表紙。
もう一冊は、淡いクリーム色だった。
「こっちは朝倉くん。」
青い表紙の本を陽斗へ。
「君には、これ。」
そして美月へ、クリーム色の本を差し出した。
「別々なんですね。」
「同じ本じゃないんですか?」
店主は静かに笑った。
「同じ本が、同じ人に合うとは限らない。」
陽斗は表紙を見る。
『明日へ続く坂道』
聞いたことのない題名だった。
美月の本は、
『花の栞』
やわらかな水彩画が描かれた一冊だった。
「交換して読んじゃだめですか?」
美月が冗談交じりに聞く。
「もちろん構わない。」
店主は頷く。
「でも。」
少しだけ視線を細める。
「最初は、自分の本を最後まで読みなさい。」
その言葉だけが、妙に心に残った。
帰り道。
「気になるね。」
陽斗が本を見つめる。
「うん。」
美月も表紙をそっと撫でた。
「店長さんって、不思議な人。」
「何でも分かってそう。」
「でも、何も聞いてこない。」
「それがいいのかも。」
二人は笑った。
駅まであと少し。
「朝倉くん。」
「ん?」
「もし、この本が面白かったら。」
美月は少しだけ照れながら言う。
「感想、また聞かせて。」
「もちろん。」
「約束。」
「約束。」
指切りをするわけでもない。
手をつなぐわけでもない。
それでも、この二人には「約束」という言葉だけで十分だった。
その夜。
美月は机に向かい、店主から渡された『花の栞』を開く。
最初のページに、こんな一文があった。
『大切な人には、伝えられなかった言葉ほど、長く心に残る。』
美月はその一文を何度も読み返した。
「……変なの。」
まだ高校一年生。
恋人もいない。
そんな自分には、少し早すぎる言葉に思えた。
一方、陽斗も部屋で『明日へ続く坂道』を開いていた。
ページをめくると、最初の章にこんな文章があった。
『人は未来を選べても、過去を書き換えることはできない。だから今日を大切に生きるしかない。』
陽斗は小さく息をつく。
「難しいな。」
そうつぶやきながらも、不思議と続きを読みたくなった。
同じ夜。
別々の部屋で。
別々の本を開く二人。
けれど、そのページは、まだ知らない未来へ静かにつながっていた。




