六 定明の覚悟
式部省の簀子縁は、冬の冷気を孕んでいた。
真薫が一人、腰を下ろしていると、足音もなく隣に影が落ちる。
「真薫殿」
安倍定明だった。
「何ですか」
「少し、話してもいいですか」
定明は、いつになく真面目な顔をしていた。
真薫は頷き、何も言わず続きを促す。
「僕、決めました」
「……何を」
定明は一度、空を見上げた。
冬の空は澄み切っていて、逃げ場がないほどに広い。
「強い陰陽師になります」
「強い?」
「はい。術が上手いとか、そういう意味じゃありません」
定明は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「逃げない、という意味です」
真薫は、何も言わなかった。
ただ、定明の言葉を待つ。
「今まで、僕は……自分が傷つかない場所に逃げていました」
光保の死。
保規の死。
それを思い出すたび、定明は“理解したふり”をしてきた。
「自業自得だって言えば、楽なんです。でも……」
定明は、唇を噛んだ。
「悲しかった。悔しかった。許せなかった」
その感情を、今まで押し殺してきたのだと、真薫は理解する。
「真薫殿は、ずっと記録してきたでしょう」
「……」
「それって、すごく強いことだと思ったんです」
定明は、真薫を見た。
「誰にも褒められなくても、誰にも信じてもらえなくても、真実を残す」
拳を握る。
「だから、僕も――一緒に立ちます」
呪詛を祓うだけでは足りない。
心を理解するだけでも足りない。
「逃げません。自暴自棄にもなりません」
声は真っ直ぐだった。
だが、膝の上で組んだ指先は、わずかに震えている。
定明はそれでも、微笑んでみせた。
「これが、僕の覚悟です」
真薫は、しばらく沈黙した後、静かに言った。
「……やっと、定明殿らしくなった」
定明は目を瞬いた。
「え?」
「戻ってきてくれて、よかった」
その一言で、定明の肩から力が抜けた。
「はい。もう、大丈夫です」
二人の間に、冬の風が通り抜ける。
冷たいが、どこか澄んだ風だった。




