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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第十一章 春の訪れ
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四 道顕の焦燥

 右大臣邸。


 夜はすでに更けていたが、道顕は寝所に向かう気になれず、一人几帳の内に座していた。

 手元の盃には酒が注がれているが、口をつけたとしても味を感じない。


 酒は、逃げ道にはならなかった。

 酔えば忘れられるほど、道顕は愚かではない。


(顕子の子が、もし――)


 考えは、そこから先へ進まない。

 進ませてはならないと、自分で自分を制している。


 腹の子は順調だと、医師も女房も口を揃える。

 それは確かな事実だ。

 だが――性別だけは、生まれるまで誰にもわからない。


男子(おのこ)だろうな」


 昼間、顕子に向けてそう言った己の声を思い出す。

 断言ではない。

 願望を、命令の形に言い換えただけだ。


(もし、女子(めのこ)なら)


 盃を置く音が、思いのほか大きく響いた。


(すべてが、崩れる)


 道顕は、自分が築いてきたものを思い浮かべる。

 官位、人脈、婚姻、後宮。

 一つ一つは石を積むような地道な作業だった。


 そのすべてが、たった一人の子の性別で揺らぐ。

 

(源潔子……)


 帝の寵愛を受ける女。

 源氏というだけで軽んじていた存在。


(あの女が、もし男子を産めば)


 外戚は、源氏になる。

 藤原ではない。


 道顕の喉が、ひくりと鳴った。


(そんなことは、許されない)


 これほどまでに築き上げた地位を、運任せにするつもりはない。


 政治とは、制御するものだ。

 偶然に委ねるものではない。


 だが――。

 理詰めで積み上げてきたはずのものが、いま、感情一つで崩れかけている。


(今は、まだだ)


 道顕は、己に言い聞かせる。


(顕子が男子を産めば、すべては解決する)


 その可能性を、自ら潰す必要はない。


 だが、同時に理解している。

 備えなき者から、崩れていくのだということを。


(念のため、だ)


 備えは必要だ。

 ただ、それだけだ。


 道顕は、歪んだ笑みを浮かべた。

 だが、その頬は引きつっていた。


 焦りが、確実に忍び寄っている。



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