三 顕子の不安
弘徽殿。
中宮顕子の懐妊は、六ヶ月を過ぎていた。
腹が、一目見てわかるほどに大きくなっている。
道顕は、毎日のように訪れて、訊ねる。
「顕子様、体調は如何か」
「はい、父上。良好です」
道顕は毎回、変わらぬ台詞を言う。
「そうか」
道顕は、顕子の腹を見た。
「男子だろうな」
道顕の声に、焦りが滲んでいた。
「我が一族の繁栄を担う、男子だ」
顕子は、何も言えなかった。
(もし、女子なら……)
いつもその考えが頭をよぎる。
その度に、恐ろしくなる。
(父上は、失望する)
(そして、私は……)
(潔子様は……)
顕子は、腹に手を当てた。
(この子を、守らなければ)
(男子でも、女子でも、私が、この子を守る)
(大切な、我が子なのだから)
顕子は、静かに決意していた。
腹の内で、ぽこんと小さく動く気配があった。
蝶が羽ばたくような、どこかくすぐったいような感覚。
驚きと同時に、愛しさが込み上げる。
——この子は、すでに生きている。
道顕が去ると、大江次子——合歓の君が、顕子に声をかけた。
「中宮様」
「何ですか、合歓」
「お体の具合は、如何ですか」
「ええ」
顕子は、微笑んだ。
「大丈夫」
しかし、顕子の笑顔は、どこか虚ろだった。
「中宮様……」
次子は、顕子の不安を感じ取っていた。
このところ、思い悩む表情が増えたのは気の所為ではあるまい。
「合歓、潔子様は、お元気ですか」
「はい」
次子は頷いた。
「萩野殿が参内して、とても喜んでおられます」
「よかった……」
顕子は、安堵した。
「潔子様には、萩野殿がいる。私には、合歓がいる」
顕子は、次子の手を取った。
「これからも、よろしく頼むぞ」
「はい」
次子は、微笑んだ。
「合歓は生涯、中宮様のお側にお仕えしとうございます」




