一 新しい年
師走が過ぎ、睦月に入った。
新しい年である。
宮中は、新年の祝賀に包まれていた。
節会の準備、晴れやかな衣の色、笑い声。
どれもが「始まり」を寿いでいる。
宮中の廊では、屠蘇の香りがまだ残っていた。
新年を寿ぐ声が、壁越しに反響する。
藤原真薫は、それらを「聞いている」だけだった。
参加しているという感覚は、どこにもない。
式部省の文机に向かい、文書を整えながらも、筆先が幾度も止まる。
筆を持つ指先が、わずかに冷えている。
炭は十分に熾っているはずなのに、熱が伝わらない。
真薫は溜息を吐き、筆を置いた。
耳に入るのは、遠くの賑わい。
祝いの声が、まるで別の世界の出来事のようだった。
(戦いは、終わっていない)
真薫は、心の中でそう繰り返す。
藤原道顕。
その名を、口に出すことは少ない。
だが、思考の中心には常にある。
見えない戦いだ。
剣も血もない。
けれど、確実に人が壊れ、命が削られていく。
真薫は、ふと筆を置いた。
(いつか、必ず……)
そう思うたび、胸の奥が痛む。
それは怒りか、焦りか、それとも――恐れか。
(道顕様を、追い詰める)
誓いは、何度も立ててきた。
だが、そのたびに理解してしまう。
正義だけでは、勝てない。
真実だけでも、足りない。
必要なのは「時」だ。
そして、決定的な一手。
真薫は、再び筆を取った。
今は、まだ動く時ではない。
それでも――
記すことだけは、やめなかった。
新しい年の始まりは、真薫にとって、戦いが続いていることを再確認する日でもあった。




