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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第十章 誤差
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八 記録する者

 真薫は、屋敷に戻った。


 手箱を開けた。


 中には、十個の裏帳簿。


 藤原維時の事件。

 藤原行斉邸の事件。

 賀茂光保の事件。

 道顕の自作自演。

 賀茂保規の口封じ。

 道顕の監視。

 兼遠との同盟。

 萩野の卒倒。

 潔子の入内。


 糸はもつれ、絡まっていく。


 真薫は、新しい紙を取り出した。

 そして、筆を執った。


 ——師走(十二月)、萩野、回復。

 しかし宮中には参内できず。


 定明の診断。

 呪詛は終わっている。

 恐怖が萩野を縛っていた。

 本質は、呪詛を装った脅迫。


 潔子と萩野、文でやり取り。

 二人の心の支えに。


 それが道顕の誤算となるかもしれない。


 兼遠は言う。

 人の繋がりは、計算できない。


 中宮顕子、懐妊四ヶ月。


 定明、成長。

 前を向く。



 真薫は、筆を置いた。


 十一個目の裏帳簿だ。


 真薫は裏帳簿を、新しい手箱にしまった。

 そして、蓋を閉じた。



 真薫は、庭を見た。


 冬の夜。

 月が、冷たく光っている。


 真薫は、呟いた。


「道顕様の計算に、誤差が生まれている。萩野殿の回復、潔子様と萩野殿の繋がり。そして、顕子様と潔子様の友情」


 真薫は、簀子縁に立った。


「道顕様は、これらを軽視している」


 夜気は澄み渡り、息が白くほどけていく。


「しかし、わずかな誤差も、溜まれば大きな誤算になる」


 丸く、白く。

 吐息の名残が漂う。


「人の感情、人の繋がりは、計算を超える」


 それは数に入らぬ力だった。

 真薫は、拳を握りしめた。


「いつか……」


 真薫は、静かに口にした。


「この誤差が、道顕様を追い詰めるだろう」


 真薫は、円座(わろうだ)に座り、目を閉じた。


 冬の夜の静けさの中で、真薫は考えた。


(道顕様は、完璧な策略家だ)

(しかし、完璧であるがゆえに、誤差を見落とす)

(人の感情という、計算できないもの)

(それが、道顕様の弱点だ)


 真薫は、目を開けた。


(萩野殿は、回復した)

(いつか参内するだろう)

(そのとき、何が起きるか)

(潔子様は、萩野殿と再会する)

(顕子様は、潔子様を支え続ける)

(これらの繋がりが、いつか......)


 真薫は、そっと瞼を閉じた。


(いつか、道顕様を追い詰める)


 真薫は、文台に向かい、筆を執った。


 日記を書く。

 簡潔な日記だ。


 真相は、裏帳簿にある。


「いつか」

 真薫は、呟いた。

「この記録は力となる」


 言霊(ことだま)。口に出した言葉は、いつか本当になる。


 月の光が、真薫を照らしていた。

 静かな夜だった。


 冬は、まだ深い。

 だが、底を打ったという感覚が、確かにあった。


 最も冷たい季節。


 しかし、真薫の心には、小さな希望があった。


 萩野の回復。

 潔子と萩野の繋がり。

 顕子と潔子の友情。


 これらは、道顕の計算を超えた、人間の絆だ。

 真薫は、それを信じた。


 冬の風が、吹き込んできた。


 身を切るような、冷たい風。

 高灯台(たかとうだい)の火が不安げに、揺れる。


 しかし、真薫はその風を感じながら、静かに筆を執り続けた。


 記録を続ける。

 真実を残す。


 それが、真薫にできる唯一の、そして一番のことだった。


 そして今、小さな希望が見えた。


 道顕の計算の誤差。

 それは、いつしか大きな綻びになるかもしれない。


 真薫は、そう信じた。



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