五 顕子の不安
弘徽殿。
中宮顕子の懐妊は、四ヶ月を過ぎた。
腹が、目に見えて大きくなってきた。
しかし、性別はまだわからない。
道顕は、毎日のように訪れて、訊く。
「顕子様、体調は如何か」
「はい、父上。良好です」
「男子だろうな」
道顕は、にやりと笑った。
「我が一族の繁栄を担う、男子だ。そして次の帝だ。私の孫が次の帝になるのだ」
浮かれた父に対し、顕子は何も言えなかった。
腹の内にある命は、まだ言葉を持たない。
だからこそ、周囲の言葉が余計に恐ろしかった。
(もし、女子なら......)
顕子は恐怖を抱いていた。
(父上は、失望する)
(そして、私は……)
(潔子様は……)
顕子は、腹に手を当てた。
(この子は、男子なのか、女子なのか)
(――いいえ。どちらであっても……私と主上の子)
(どうか無事に、生まれてきておくれ)
道顕が去ると、大江次子——合歓の君が、顕子に声をかけた。
「中宮様」
「どうしたの、合歓」
「お身体は、大丈夫ですか」
「ええ」
顕子は柔らかく頷く。
「大丈夫」
しかし、顕子の笑顔は、どこか虚ろだった。
「中宮様……」
次子は、顕子の不安を感じ取っていた。
「合歓」
「はい」
「もし、私が産むのが女子だったら......」
顕子は、小さく言った。
「父上は、どうなさるだろうか」
次子は、何も言えなかった。
ただ、顕子の手を取った。
「中宮様……」
「私は、怖い」
顕子の声が、震えた。
「もし女子なら、父上は失望する。そして、潔子様が……」
口にしたくはなかった。
言霊というものがある。
口にした言葉は、その通りになる。
「潔子様が、主上の寵愛を受けるかもしれない。そうなれば、父上は……」
顕子は堪えきれず、涙を零した。
「潔子様が、危うくなる」
次子は、顕子を抱きしめた。
「中宮様、大丈夫です」
初めての妊娠で不安だろうに。
それをも上回る恐怖がある。
「でも……」
「中宮様は、お一人ではありません」
次子は、優しく言った。
「私がおります。潔子様もです。そして、中宮様を深く愛していらっしゃる帝も。――皆で、支え合いましょう。大丈夫です」
次子の腕は細かったが、逃げ場のない恐怖を受け止めるには十分だった。
顕子は、次子の肩で静かに泣いた。




