三 道顕の満足
右大臣邸。
藤原道顕は、上機嫌だった。
盃を傾けながら、息子顕実に語る。
「源潔子は、孤立した」
道顕は、にやりと笑った。
「ふふ、よりにもよって、帝を拒んだ。左大臣派は、混乱している。――完璧だ」
道顕は、上機嫌で盃を置いた。
顕実は静かに提子を差し出し、道顕に酒を注ぐ。
父は、勝利を語っている。
だがその声には、確信しかなく、確認がない。
顕実は言おうか言うまいか少し迷って、結局伝えた。
「萩野が、目覚めたそうです」
道顕は少し意外そうに目を瞬いた。
「……萩野? ――ああ。あの女房。あれは、既に盤上から消えた駒だ」
道顕は笑って言い捨てた。
「もう要らぬ」
顕実は、何も言えなかった。
(父上は、人を駒としか思っていない)
だが顕実には、父に報告しなければならないことが、まだあった。
そして、こちらの方が重要だ。
「父上」
「何だ」
「麗景殿女御様が……姉上――中宮様と、親しくなっているようです」
道顕は、眉をひそめた。
「何だと?」
「中宮様が、潔子様を支援しているそうです。帝に謁見する際も、同席したとか」
道顕は、しばらく考えた。
そして、唇の端を引き上げる。
「……まあ、いい」
道顕は、盃を手に取った。
「顕子が潔子と親しくなれば、むしろ好都合だ。帝は、顕子を通じて潔子を見る。つまり、私の影響力が増す」
道顕は口元を歪めた。
「顕子は、私の娘だ。何をしようと、私の手の内だ」
(父上は、それをも計算に入れているのか......)
複雑な想いを抱いた。
父が差し出した盃に、静かに酒を注ぐ。
「ふふ、顕実。お前ちっとも飲んでおらんではないか。注いでやる。飲め」
提子を取り上げ、道顕は機嫌よく顕実の盃になみなみと酒を注いだ。
少し溢れる。
溢れた酒を、道顕は気にも留めなかった。
些細な誤差を見ない癖は、昔から変わらない。
(しかし……)
顕実は、思った。
(姉上と潔子様の友情は、本物だ)
(それは、父上の計算を超えるものではないのか)
しかし、顕実はそれを口に出せなかった。
ただ黙って、酒を干した。




