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式部省の呪詛係  作者: 浮田小葉子
第十章 誤差
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二 恐怖の残滓

 真薫と定明が、萩野の局を出ると、定明が立ち止まった。


「真薫殿」

「どうした?」


 定明は、真剣な顔で言った。


「あの呪詛……」

「あの夜の、呪詛か」


「はい」

 定明は、眉をひそめた。

「あれは呪詛としては、浅い部類です」


「浅い……というと、雑な作りに見えただけではない、ということか?」


「ええ。多少の効果はあったとしても、あの夜だけでしょう」


 定明は、真薫を見た。


「萩野殿が長く眠っていたのは、呪詛のせいではありません」


「では、定明殿は何が原因なのか、わかっておられるのか」


 定明は、静かに頷いた。


「萩野殿は、恐怖に縛られていたのでしょう」


 真薫は、息を呑んだ。


「恐怖が……」

「はい」


 定明は頷き、続ける。


「呪詛は、恐ろしい道具です。ですが、道具に過ぎません。本当に恐ろしいのは、人の心に植え付けられた恐怖です」


 定明はそっと言葉を足した。


「それは、呪詛が終わっても、残り続ける」


 真薫は、萩野の青白い顔を思い出した。

 倒れたのは身体だが、縛られていたのは心だったのだ。


 呪詛が終わっても、恐怖は終わらない。

 それは、火種のように人の内側で燻り続ける。


 真薫は、理解した。


(道顕様はそこまで計算していたのか)

(呪詛そのものではなく、恐怖を植え付けることが目的だった……)


 真薫は戦慄した。

 定明は、さらに続けた。


「真薫殿、あの几帳の裏にあった呪詛の紙片を、覚えていますか」


「ああ」


「あれは……」


 定明は、言葉を選んだ。


「文言が、雑でした。本業の陰陽師の仕業ではない。かといって、市井の法師陰陽師(ほうしおんみょうじ)のものとも思えません」


「では、誰が……?」


「わかりません」

 定明は首を振った。

「しかし、呪詛"らしく"見せた痕跡があります」


「つまり......」

 真薫は、言葉を継いだ。

「あれは呪詛を装った、"脅迫"だった、ということか」


「ええ。おそらくは」


 定明は頷いた。


「そして、それは成功しました。萩野殿は恐怖し、倒れた。左大臣派は警戒し、潔子様を孤立させた」


 それにより得をした人物など、考えるまでもなく、一人しかいない。


「すべて、道顕様の、計算通りだったと……」


 真薫は、拳を握りしめた。


(道顕様は......)

(どこまで、冷酷なのか)



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