↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歳の差夫婦が整えて、生きる食卓〜料理とものづくりで紡ぐ、異世界スローライフ〜  作者: 望月 小鳥
クロイティル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/46

慣れない武器と、知らなかった保存食

 朝、目を覚まして最初に目に入ったのは、壁際に立てかけてある長杖だった。

昨日、鉄枝の工房で選んだばかりの杖だ。

その隣には、瑛太さんの弓も置かれて居る。


 店では魔力を通し、手に馴染むか確かめただけで、実際に魔法を使ったことはない。

今日から少しずつ慣れていくのだと思うと、昨日までとは違う緊張が胸に残った。


 着替えを済ませ、瑛太さんと一緒に一階の食堂へ下りる。

先に席について居たガイルの足元には、ルクスが伏せて居た。

私の杖に気づいたルイーズちゃんが、ぱっと顔を明るくする。


「真由お姉さん、魔法使いみたい!」


「ふふ。今までも魔法は使ってたんだけどね」


「あ、そっか!」


 自分で言ってから気づいたらしく、ルイーズちゃんが照れくさそうに笑った。

昨日の夜は黒の森の話ばかりだったので、いつもと変わらないやり取りに肩の力が抜ける。


 杖を邪魔にならない場所へ置き、瑛太さんの隣に腰を下ろした。

ほどなくして朝食が運ばれ、焼きたてのパンの香りが卓へ広がる。

温かなスープから立ちのぼる湯気を眺めて居ると、ようやく空腹を思い出した。


 パンをちぎって口へ運びながら、何度か壁際の長杖へ目を向ける。

これから訓練で使うと思うと、どうしても気になってしまう。


「緊張してるのか?」


「少しだけ。杖を使って魔法を出すのは初めてだから」


「最初から上手くやる必要はない」


「うん。そうだね」


 瑛太さんの言葉に気持ちが和らぎ、そのあとは落ち着いて食事を進められた。

食べ終えた皿が下げられ、代わりに食後の白湯が置かれる。

器を両手で包んで飲んで居ると、先に食事を終えて居たガイルが席を立った。


「食い終わったなら、そろそろ行くぞ。今日はギルドの訓練場だ」


「はい」


「分かった」


 長杖と弓をそれぞれ手に取り、ルクスと一緒に宿を出た。


 冒険者ギルドへ着くと、掲示板の前にはいつもより多くの人が集まって居た。

あちこちから黒の森という言葉が聞こえ、新しい紙も何枚か貼り出されて居る。

昨日聞いた討伐隊の募集が始まったのだろう。

周囲の会話には、黒曜の名前も混じって居た。


 気になって足が止まりかける。

けれど、巣の討伐と通常のゴブリン討伐は別だと、ガイルが昨夜話して居た。

今の私達が向かう場所ではない。


 掲示板から離れて受付へ向かうと、セレナさんが軽く頭を下げた。


「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「おはようございます。訓練場を使わせていただきたいのですが、空いて居ますか?」


 セレナさんは手元の書類で利用状況を確かめ、再びこちらへ顔を向ける。


「はい。現在は空いて居りますので、そのままお使いいただけます」


「ありがとうございます」


 礼を伝え、ガイルのあとに続いて訓練場へ向かった。


 訓練場では、まず瑛太さんが弓を構えた。

少し離れた場所に立ったガイルが、その姿勢を確認する。


「工房で言われたことは覚えてるな」


「ああ」


「握り込みすぎるな。肩も上げず、腕だけで引こうとするなよ」


「分かった」


 瑛太さんは矢をつがえ、呼吸を整えてから弦を引いた。

指を離すと、矢は的の横を抜け、後ろの土へ突き刺さる。


 瑛太さんは矢の位置を見つめ、すぐに次の一本を手に取った。


「もう一度やる」


 繰り返すうちに、矢は少しずつ的へ近づいていく。

やがて放たれた一本が、中心からは遠いものの的の端を捉えた。


「今の感覚を忘れるな。そのまま何本か撃ってみろ」


「ああ」


 大きく外れることは減ってきたけれど、安定して当てるには、まだ時間がかかりそうだった。


 しばらくして、ガイルがルクスを呼ぶ。


「次はルクスにも動いてもらうぞ。実際の戦いで、前に誰も居ねえなんてことはないからな」


 指示を受けたルクスが、的の前を左右へ動き始めた。

射線へルクスが入れば、瑛太さんは矢を放てない。

弦を引いたまま狙いを外す場面が何度も続く。


「それでいい。当てられるから撃つんじゃねえ。味方に当たらねえ時だけ撃て」


「ああ」


 的だけを狙って居た時より、明らかに難しそうだ。

それでも瑛太さんは焦らず、ルクスの位置を確かめながら矢を放っていった。


「旦那様は一旦ここまでだ。次は奥様だな」


「はい」


 正面の的へ長杖を向ける。

いつもなら手のひらから放つウォーターボールを、今日は杖を通して使わなければならない。


 手元から細く魔力を流し、杖の先端まで意識を伸ばしていく。

埋め込まれた薄青色の魔石が、淡い光を帯びた。


 普段とは違う位置に魔力を集める感覚が掴めない。

現れかけた水は球体になる前に形を崩し、地面へ落ちてしまった。


「あ……」


「焦らなくていい。もう一回やってみろ」


「はい」


 杖を構え直し、今度は急がず、先端へ集まる魔力を意識する。

わずかに歪みながらも、水は球体の形を保って居た。


「ウォーターボール」


 杖先から飛び出した水球が、乾いた音を立てて的へ当たる。


挿絵(By みてみん)


 手で直接使うより、狙う位置は定めやすい。

ただ、魔力を集めて形を整えるまでの時間は、ほとんど変わらなかった。

魔法そのものを強くするのではなく、狙いを定め、魔力をまとめるための道具なのだろう。


「悪くねえな」


 振り向こうとした瞬間、視界の端へ布球が飛び込んできた。


「わっ」


 咄嗟に杖を横へ動かすと、布球は軽い音を立てて地面へ転がった。


 前にセレナさんから投げられた時は、当たるまで気づくことさえできなかった。

今回は、ぎりぎりでも目で捉えられた。


「今のは悪くねえ。ただ、受けて終わるな。防いだら距離を取って、次に備えろ」


「はい」


 それからも、魔法を放った直後に飛んでくる布球を避け、間に合わなければ杖で受ける練習を繰り返した。

最初は防いだところで止まって居たものの、次第に一歩下がるところまで意識が追いつくようになった。


「よし。奥様も一旦ここまでだ」


「はい」


 杖を下ろすと、ガイルは訓練場の中央へ歩いていった。


「次は三人でやるぞ」


「三人?」


「奥様と旦那様とルクスだ。俺が相手をする」


 前にルクス、その少し後ろに瑛太さんが立ち、私は二人の後ろへ下がった。

距離を取ったガイルが、こちらへ向き直る。


「俺が奥様に触ったら終わりだ。倒そうとしなくていい。三人で、奥様のところまで俺を通さないように動いてみろ」


 開始の合図と同時に、ガイルが一気に距離を詰めてきた。

ルクスが進路を塞ぐと、瑛太さんも間を置かず弓を構える。

私も二人の後ろから杖を向け、魔力を集め始めた。


 ガイルはルクスとぶつかる寸前で左へ動く。

すかさずルクスが後を追い、瑛太さんも弓の向きを変えた。

私も杖先へ水球を作りながら、その姿だけを目で追う。


 けれど、ルクスが前を離れた瞬間、ガイルが反対側へ切り返す。

瑛太さんが狙いを変えるより早く、空いた場所へ滑り込んできた。


 慌てて杖を向け直したものの、魔法を放つ余裕はない。

咄嗟に長杖を突き出すと、杖先をかわされ、肩に手を置かれた。


「終わり」


「……早い」


「全員、俺しか見てねえからな。旦那様は矢を当てること、ルクスは俺を追うこと、奥様は魔法を撃つことしか考えてねえ。ルクスが動いたら、その穴を誰が見る。旦那様は撃てねえなら声を出せ。奥様も、間に合わねえなら魔法に拘るな」


「ああ」


「はい」


 言われてみれば、瑛太さんとルクスの位置をほとんど覚えて居なかった。

ガイルを追うことだけに必死だったのだ。


 位置を戻し、もう一度向かい合う。

今度は合図と同時に、ガイルが右へ動いた。


「右だ」


 瑛太さんの声に合わせ、ルクスが進路を塞ぐ。

私は二人の位置も視界へ入れながら杖を構えた。


 ガイルはルクスを外側へ引きつけようとして居る。


「ルクス、追うな」


 瑛太さんの声に、ルクスは足を止め、私との間を塞ぐ位置へ戻った。

ガイルも進路を変えざるを得なくなる。


 瑛太さんが横へ移動し、その向こうに射線が開いた。

杖先へ集めた魔力を水球へ変える。


「ウォーターボール」


 ガイルは身体をずらして水球をかわしたものの、真っ直ぐこちらへ進めなくなった。

そこへルクスが回り込み、再び私との間へ身体を入れる。


 一回目のようには抜かれて居ない。

けれど、ガイルは瑛太さんとの距離を詰め、弓で狙いにくい間合いへ入り込んだ。

瑛太さんが位置を変えようとした隙を抜け、そのまま私へ迫ってくる。


 杖を構え直した時には、もう魔法を作る余裕がなかった。

伸ばした杖もかわされ、再び肩に手が触れる。


「ここまでだ。今の方がまだマシだ。繰り返して、いちいち考えなくても動けるようにするんだ」


「はい」


 その後も同じ訓練を続け、指摘を受けながら三人の動きを合わせていった。

思うようには動けなくても、最初より声を掛け合う余裕は出てきた。


 ガイルが訓練を切り上げた頃には昼を過ぎ、杖を握って居た腕も肩もずっしりと重くなって居た。


「腹も減ったし、今日はここまでにするか」


 昼食は、そのままギルドの酒場で取ることになった。

席へ腰を下ろすと、隣の瑛太さんが肩を軽く回す。


「痛い?」


「少し張ってる」


「私も腕が重い」


「お互い無理はしない方がいい」


「うん。私もそう思う」


 近くを通りかかった店員に、昼食を頼む。

待つほどもなく、盆を手にした店員が卓へ料理を運んできた。


 運ばれてきたのは、黒パンに野菜と白っぽい食材、それに薄切りの肉を挟んだサンドイッチだった。

一口食べると、柔らかなコクと肉の塩気が口の中へ広がる。


「……チーズ?それにこれ、ハムに近い」


「知ってる食い物か?」


「私達の居た所にもありました。でも、こっちにもあると思わなくて」


 この世界の料理は塩味が中心で、複雑な調味料を使ったものはほとんど見て居ない。


「すみません。このチーズとハムは、どこで買えますか?」


 酒場の人に尋ねると、街の外円側にある店を教えてくれた。

家畜を扱う店や加工場は、中心部から離れた場所に集まって居るらしい。


 昼食を済ませ、教えてもらった店へ向かう。

中心部を離れるにつれ、建物同士の間隔が広くなり、柵や小屋が増えていった。


 乳製品を扱う店の近くまで来たところで、柵の中に居る見慣れない生き物が目に入った。

片方はヤギに似て居り、もう片方は牛を思わせる大きな身体をして居る。


「ガイル、あの子たちは?」


「初めて見るのか。小さい方がメルカで、でかい方がボルナだ。どっちも大人しいモンスターで、人に慣れやすいから家畜として飼われてる。乳も取れるし、肉や皮も使うぞ」


「モンスターなんですね」


 柵の中では、メルカもボルナものんびりと草を食べて居た。

これまで見てきたスライムや一角兎とは、ずいぶん印象が違う。


 店へ入ると、柔らかそうなものから、硬く水分の少なそうなものまで、何種類ものチーズが並んで居た。


「こんなに種類があるんですね」


 店の人に違いを教えてもらい、昼に食べたものとよく似たチーズを選ぶ。

保存期間と扱い方も確認し、宿でも使えそうだと分かってから購入した。


 棚の近くにはミルクも置かれて居る。

先ほど見たメルカやボルナと、目の前の食材がようやくつながった。


「瑛太さん。今夜、これで何か作ってみようかな」


「いいんじゃないか」


 ミルクも買い、次は保存肉を扱う店へ向かった。


 そこでは、昼に食べたものと同じハムが見つかった。

塩漬けにして寝かせた肉を加熱したもので、保存が利くため、冒険者や旅人にもよく売れるという。


 ハムを買って店を出ると、手元にはチーズとミルク、それにハムが揃って居た。


 料理が発展していないことと、食材を加工する技術がないことは同じではない。

この世界には、この世界の人たちが暮らすために積み重ねてきた方法がある。

私が知らないだけで、使える食材や加工品は、まだほかにもあるのかもしれない。


 鳥の導き亭へ戻る頃には、訓練で重くなった腕より、今夜の献立の方が気になって居た。

杖にも慣れなければならないし、瑛太さんやルクスとの連携も、まだ練習が必要だ。

今日できなかったことは、これから少しずつ身につけていけばいい。


 鳥の導き亭が見えてきたところで、今夜作りたいものが決まった。


「瑛太さん、今夜のご飯、決めた」


「何にするんだ?」


「それは、できてからのお楽しみ」


 そう答え、買ってきた食材を抱え直す。

チーズとミルクが揃ったなら、まず試したいものがある。


 あとは、鳥の導き亭の厨房を借りるだけだ。



もし少しでも楽しんでいただけたら、

続きも読んでいただけると嬉しいです。


よろしければブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。