千年前の最終対話、二人の魂の再会
神器の球体の前で、稜は目を閉じた。
墓室の青白い光が、徐々に深まりつつあった。──そして稜の意識の中で、千年前のアンナの姿がまだ静かに立っていた。──三十代後半の女性。──栗色の髪。──緑の優しい目。──胸にヴァランディン家の千年の家紋。
稜は、心の中で深く言葉を紡ぎ始めた。
「──アンナ様」
稜の心の中の言葉は、誰にも聞かれることのない、しかし最も深い場所からの言葉だった。
「──ありがとうございます。──貴女が千年前に予言された二人の異邦人の到来を私たちは本日ここで成就いたしました」
「──貴女が千年前に、私の前世の祖父・玄一郎と神崎の前世の祖父・晋三郎の若き日の友情を千年の時を超えて、ここまで運んでくださった。──二人の祖父の若き日の友情の意味が、本日この瞬間に、永遠の形を持ちます」
「──そして私と神崎の十数年の参謀の関係も、貴女の千年の予言の中で、最も深い場所から支えられていた。──貴女のお導きに、深く感謝申し上げます」
稜の心の中の言葉が、静かに完成した。
そして同じ瞬間、神崎の心の中でも、彼の言葉が静かに紡がれていた。──稜には聞こえない、しかし神崎自身の最も深い場所からの言葉。
──アンナ様。──二年前の前世の最後の夜、私が稜を嵌めた瞬間、私は自分の意志で動いたつもりでした。──しかし今千年前のあなたの予言の中で、私の罪も、二人の異邦人の異世界転生のための、千年の予言の発動の一部だったことを深く理解いたします。
──しかし私は、罪が「予言の発動の一部」だったからといって、罪が消えるとは考えません。──罪は、罪のまま残ります。──しかしその罪の上で、二人の異邦人として、貴女の千年の予言を完成させる役目を私たちは引き受けました。
──アンナ様。──ありがとうございます。──貴女の予言が、私の罪に新しい意味を与えてくれました。
神崎の心の中の言葉が、静かに完成した。
─── ─── ───
神器の球体が、強く脈打った。
青白い光が、墓室全体を満たした。──そして稜と神崎の意識が、瞬時に別の場所に流入した。
──千年前。──ヴァランディン家の邸宅の、白い庭。──夏の終わりの夕方。
夕陽が、千年前のヴァランディン家の白い庭を橙色に染めていた。──そして庭の中央の白い椅子の周りに、三人が座っていた。
アドレアン王。──四十代後半。──黒い王の上着。──しかし王冠は脱いでいた。──頬に深い疲労の影。──千年の歪みを設計する仕事の、最後の段階の重み。
ザラフ。──同じく四十代。──白い哲学者の長衣。──深い青い目。──アドレアンの幼馴染であり、最も近しい盟友。
そしてアンナ。──三十代後半。──栗色の髪。──緑の優しい目。──アドレアン王の妻ではなかった。──しかしアドレアンとザラフの両方が、深く尊重していた女性。
三人は、夕方の白い庭で、静かに対話していた。
「アドレアン」
アンナの声は優しくしかし強かった。
「──貴方の千年の計画を私は止めることができません。──しかし貴方の計画の上に、私の予言を千年の時を超えて、置くことを許してください」
アドレアンは深く息を吐いた。
「アンナ。──私の千年の計画は、大陸の歪みを千年単位で安定させるための、苦渋の選択です。──しかし貴女の予言が、千年後に、私の計画を書き直す可能性を残すこと。──私はそれを深く受け入れます」
ザラフが静かに口を開いた。
「アンナ。──貴女の予言の最終形は、二人の異邦人による書き直し。──そして二人の異邦人は、貴女の魂の二度目の生まれ変わりとして、半分ずつ宿る」
アンナは深く頷いた。
「ザラフ殿。──そして二人の異邦人の祖父の代に、私の予言の継承者──ヴァランディン家──が、二人の祖父に家紋を贈ります。──二人の祖父の若き日の友情が、千年の時を超えて、孫の代の二人の異邦人の関係を支える」
アドレアンの目に深い感慨が宿った。
「アンナ。──貴女の予言は、二人の異邦人の自由な意志を千年単位で尊重する設計。──私の計画とは、根本的に違う」
アンナはわずかに微笑んだ。
「アドレアン。──貴方の計画と私の予言は、対立するものではありません。──貴方の計画が千年の歪みを安定させ、私の予言が千年後の書き直しを準備する。──二つが組み合わさって、初めて千年の時間の中で、大陸が新しい形に到達する」
─── ─── ───
しかしその時、千年前のアドレアン王が突然視線を上げた。──そして庭の遠くの方向を長く見つめた。
「アンナ。──二人の異邦人が本日神器の前で、貴女への感謝を唱えている」
アンナは静かに頷いた。
「アドレアン。──そして千年前の私たち三人の対話の場面に、二人の意識が流入しております」
ザラフが深く息を吸った。
「──二人の異邦人。──千年の時を超えて、私たちの対話の場面に到達した」
そして三人は、同時にある方向を見つめた。
──稜と神崎の意識の方向を。
稜と神崎は、千年前の白い庭の白い椅子の周りに座る三人を目の前で見ていた。──しかし稜と神崎自身の姿は、その場面には存在していなかった。──ただ意識だけが、千年前の三人の前に浮かんでいた。
「二人の異邦人よ」
アドレアン王の声が、稜と神崎の意識に直接届いた。
「──千年前の私の計画は、貴方たちの代で書き直される。──しかし私は、貴方たちに、深く感謝する」
アドレアンは、稜の方を長く見た。──そして神崎の方を同じように長く見た。
「──貴方たち二人の参謀の関係の深さが、千年の時を超えて、貴方たち自身の意志で新しい時代を切り開く力となった。──私の千年の計画は、貴方たちの自由な意志の前で、徐々に新しい形に変化していく」
稜の目に、涙が滲んだ。──そして神崎の目にも。
ザラフが静かに切り出した。
「二人の異邦人よ」
ザラフの深い青い目が、稜と神崎を見つめた。
「──千年前の私とアドレアンの対話の最後の層を本日貴方たちと共有する」
ザラフは深く息を整えた。
「──私たちは、二人の幼馴染であり、最も近しい盟友だった。──しかしアドレアンの千年の計画と、私の予言の継承の役目は、最後の段階で、深く対立した。──アドレアンは大陸の歪みの安定を選び、私はアンナの予言の継承を選んだ」
「──二人は、最後の対話の中で、お互いの選択を深く尊重した。──そして二人で、千年後の二人の異邦人の到来を共に予感した」
─── ─── ───
稜の意識の中で、千年前の三人の姿が、徐々に明確になっていた。
そして稜は深い直感の中である事実を理解し始めた。
(──ザラフ殿。──貴方の魂が、私の中に宿っている)
稜の意識の中で、ザラフの姿が、自分自身の前世の姿と、徐々に重なり始めた。──ザラフの深い青い目。──そして稜の前世の祖父・玄一郎の若き日の目。──二つの目が、千年の時を超えて、同じ深さの光を持っていた。
(──そして玲。──お前の中には、アドレアン王の魂が宿っている)
稜の視線が、神崎の方向に向いた。──神崎の意識の中でも、同じ理解が、徐々に深まりつつあった。──アドレアン王の頬の深い疲労の影と、神崎の二十年の宰相の重み。──二つの重みが、千年の時を超えて、同じ層で響いていた。
アンナが静かに口を開いた。
「二人の異邦人よ」
アンナの優しい声が、稜と神崎の意識に直接届いた。
「──貴方たちは、千年前のザラフとアドレアンの魂をそれぞれ宿しています。──しかし同時に私の魂も、貴方たち二人の中で、半分ずつ宿っています」
「──私の予言の本質は、千年前の三人の対話の最後の層──私とザラフとアドレアンの三人の友情──を千年の時を超えて、二人の異邦人の中で新しい形で蘇らせることです」
稜の意識の中で、アンナの言葉が、最も深い理解を結んだ。
(──二人の異邦人の関係は、千年前の三人の友情の新しい形)
稜の目から深い涙が流れた。
そして神崎も、一度頷いた。──彼の意識の中で、二年前の自分の罪が、千年前のアドレアンの「千年の歪みの計画」と、深く呼応していることを彼は理解した。──しかしその罪も、アンナの予言の中で新しい意味を持っていた。
─── ─── ───
しかしアドレアン王は、稜と神崎を最後にまっすぐ見つめた。
「二人の異邦人よ」
アドレアン王の声は、深かった。
「──千年の時を超えて、私から貴方たちに、最後の使命を託す」
稜と神崎の意識が、深く集中した。
アドレアンは続けた。
「──私の千年の計画の書き直しは、本日の結婚の儀の刹那に、最初の段階を完成させた。──しかしこれから、貴方たちの代で、千年の歪みの完全な書き直しが、徐々に進んでいく」
「──そして千年の歪みの書き直しは、千年単位で、貴方たちの後の世代に、徐々に引き継がれていく。──貴方たちの本日の結婚の儀の刹那の成就は新しい千年の最初の一歩に過ぎない」
稜はゆっくりと頷いた。
アドレアンは、最後に告げた。
「──二人の異邦人よ。──貴方たちの後の世代に新しい千年の歪みの書き直しの予言を本日の結婚の儀の刹那の成就の中に、密かに残してくれ」
アドレアン王の目に深い光が宿った。
「──千年後新しい二人の異邦人の到来を私たちは新しい形で、また予言する」
稜と神崎の意識の中で、千年前の三人の姿が、徐々に薄れていった。──しかし三人の最後の言葉は、稜と神崎の心の中に、永遠に近い形で刻まれた。
─── ─── ───
神器の球体の前で、稜と神崎の意識が、徐々に現代に戻りつつあった。
墓室の青白い光が、徐々に弱まっていた。──しかし球体の表面には新しい光が深い場所から徐々に流れ出ていた。──千年前の三人の対話の最終層が、神器の中で新しい形で永遠化された光。
稜はゆっくりと目を開いた。
神崎も、同じ瞬間に目を開いた。
二人の参謀は、神器の前で、お互いの目を長く見つめた。──そして同時に深く息を吐いた。
「玲」
稜の声は、震えていた。
「──千年前の三人」
神崎は静かに頷いた。
「稜。──ザラフ、アドレアン、アンナ。──三人の友情の最後の層を俺たちは、千年の時を超えて、共有した」
稜の目から、涙が流れていた。
「玲。──そしてアドレアン王の最後の使命。──新しい千年の予言を本日の結婚の儀の刹那の成就の中に、密かに残す」
神崎は深く頷いた。
「稜。──俺たちの後の世代に新しい二人の異邦人の到来を俺たちはまた予言する」
稜は、革の手帳を墓室の石の台から、静かに取り上げた。──手帳の中の玄一郎先生の写真立てが、神器の青白い光の中で、初めて強く輝いていた。
そして写真立ての裏のヴァランディン家の千年の家紋が新しい光を徐々に放ち始めていた。
(──玄一郎先生、晋三郎先生。──貴方たちの若き日の友情の意味が本日永遠の形を持ちました)
稜は、写真立てを革の手帳の中に、静かに収めた。
墓室の中で、稜と神崎はゆっくりと立ち上がった。──二人の参謀の関係の最終的な意味が、ここで千年前のアンナの予言の中で、完成した。──しかしその完成は新しい千年の最初の一歩でもあった。
─── ─── ───
地上、結婚の儀の壇上。
ヴィスカルトとセレネはまだ壇上に立っていた。──そして広場の五万人の民の前で、初めての歓声が、徐々に大きくなっていた。
しかしセレネの目は、皇宮の正面玄関の地下の方向を長く見つめていた。──そして彼女は深い直感で、地下深部の神器の最終起動が、完了したことを理解した。
セレネは、ヴィスカルトの目を見た。
「ヴィス」
セレネの声は、静かだった。
「──師と神崎閣下が、地下深部で、千年前の予言を成就されました」
ヴィスカルトは深く頷いた。
「セレネ。──そして本日のこの結婚の儀の刹那の成就は新しい千年の最初の一歩です」
二人は、五万人の民の方向をもう一度深く見つめた。──夏萌月十七日目の朝の光が、ヴェルデン皇宮の白い壁を金色に染めていた。──そして広場の五万人の民の歓声が新しい時代の最初の朝の声として、徐々に大きくなっていた。
千年前のヴァランディン家の白い庭——アドレアン王、ザラフ、アンナの三人の最後の対話。
そして最大の発見——稜にはザラフの魂、神崎にはアドレアン王の魂が宿っていた。
構想段階から最も書きたかった場面です。
ようやくここまで来ました。




