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『俺を嵌めた相棒が、異世界で敵国の宰相になっていた ─ 戦略コンサルタント、銀貨五枚で王国を買う』  作者: MU
【第三部】【第三章】五家・商人・若き異邦人、トレスト家の終焉
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五家への訪問、アルデス公の遺志

 秋初月の最終日、午前六時。

 アルデス公の馬車が、霧峰の古戦場の入り口で止まった。

 アルデス公、三十八歳。──黒い喪服の上着。──しかし四ヶ月前のフィオナの葬儀の日と比べて、目に違う光が宿っていた。──喪失の段階を超えて新しい段階に入った男の目。

 馬車から降りた。

 霧峰の古戦場の入り口から、フィオナの墓地まで歩いて十分。──夏の終わりの朝の霧が、谷間を白く包んでいた。──二十年前、五百三十七人の兵士が死んだ草原。──そして四ヶ月前、フィオナの棺が運ばれた小さな丘。

 アルデス公は霧の中をゆっくりと進んだ。

 右手に白い忘れな草の一束。──昨夜アウリオンの王宮の庭で摘んだ花。──四ヶ月前、葬儀の朝にフィオナの棺の蓋に置かれていた花と、同じ品種。

 墓の前に着いた。

 白い大理石の石碑。──「フィオナ・ヴィレーヌ・アウレリア、三十五歳。──二十年の悲しみと十五年の愛と、最後の巡礼の受容を生きた女」。──四ヶ月、雨と風に晒されて、石碑の表面はわずかに汚れていた。──しかし文字は明確に残っていた。

 アルデス公は墓の前に跪いた。

 右手の忘れな草を墓の前の小さな石の台に置いた。

 しばらく沈黙した。

 「フィオナ」

 アルデス公の声は静かだった。

 「──今日、最初の訪問を始める。──君の遺志の最初の一歩」

 霧の中で、秋初月の最後の朝の風が、谷間を渡った。──遠くで、五百の白い石碑の列が、霧の中に静かに並んでいた。──フィオナの父マルティンの石碑も、その列の中にあった。──娘の墓は、父の石碑を見下ろす丘の上に位置していた。

 アルデス公は深く息を吐いた。

 「君の最期の言葉。──『カイル殿を助けてあげて』。──四ヶ月、その言葉を私は胸に抱えてきた。──そして今日、最初に動き出す」

 アルデス公は墓の前で、長く頭を下げた。

 秋初月の最終日の朝。──フィオナの遺志が、形になって動き始める日。

            ─── ─── ───

 アルデス公の馬車が、クルビット家の領地に入ったのは午後一時頃だった。

 クルビット家は、アウレリア王国の北部、霧峰から馬車で半日の領地に位置していた。──緑の濃い丘陵地帯。──小麦畑と、果樹園。──二十年前、フェリクス先代の漏洩で家の財政は一度立ち直ったが、その後の二十年でカイル先代が静かに整え直していた。

 クルビット家の館は、丘の上の石造りの古い建物。──三百年の歴史。──壁の苔の深さが、家の重みを語っていた。

 アルデス公の馬車が、館の前で止まった。

 館の正面玄関の前に、カイルが立っていた。

 カイル・クルビット、二十九歳。──黒い髪、灰色の目。──貴族の正装ではなく、簡素な茶色の上着。──しかし背筋はまっすぐだった。

 アルデス公は馬車から降りた。

 カイルが深く一礼した。

 「アルデス公。──ようこそ、おいでくださいました」

 アルデス公はカイルの目を見た。

 ──四ヶ月前、フィオナの葬儀の翌日にアウリオンの王宮で稜と対話したカイル。──父フェリクスの罪を初めて知り、深く受容した二十九歳の若い当主。──しかし今日カイルの目には、あの日とまた違う色が宿っていた。──四ヶ月の間に、カイルもまた変わっていた。

 「カイル殿。──ご無沙汰しております」

 アルデス公の声は静かだった。

 「今日は、大切なお話があり、ここまで参りました」

 カイルは深く頭を下げた。

 「アルデス公。──どうぞ、館の中へ」

            ─── ─── ───

 館の応接間。

 古い樫の机。──壁の暖炉。──秋初月の最終日でまだ涼しい朝の山岳地帯。──暖炉に火は入っていなかったが、灰の中に昨夜の燃え残りが残っていた。──壁の肖像画は四枚。──カイル先代の祖父、父フェリクス、母(既に他界)、そしてカイル自身の若き日の肖像画。

 アルデス公は机の前に座った。

 カイルが対面に座った。

 使用人が紅茶を運んできた。──二人の前に、白磁の小さなカップ。──しばらく無言で、二人は紅茶を飲んだ。

 「カイル殿」

 アルデス公はゆっくりと口を開いた。

 「──四ヶ月前のフィオナの最期の言葉を今日、貴殿にお伝えに参りました」

 カイルの目が、わずかに大きくなった。

 「フィオナ様の最期のお言葉、ですか」

 アルデス公は頷いた。

 「フィオナは、最期の夜、私に三つのお願いを残しました。──一つ目は、葬儀を小さくすること。──二つ目は、墓を霧峰の古戦場の近くにすること。──そして三つ目は、千年の五家の次の代を頼むこと」

 アルデス公は一度視線を落とした。

 「フィオナは、カイル殿の名を最期に呼びました。──『カイル殿を助けてあげて』。──貴殿が二十九歳の若い当主として、父の罪を引き受けて立っている姿をフィオナは霧峰の巡礼の後、深く心に留めておりました」

 カイルの目に、涙が滲んだ。

 「フィオナ様が、私の名を……」

 アルデス公は静かに頷いた。

 「フィオナは、貴殿に深く感謝しておりました。──『私が父の罪を受容できたのは、カイル殿が父の罪を受容してくださったから』。──そう、私に告げました」

 カイルの涙が、頬を伝った。

 ──二十年前、カイルが九歳の時に父が自殺した夜の記憶。──父の書斎の床に倒れた姿を九歳のカイルが最初に見つけた。──そして二十年、父の死の真相を知らずに家を継いだ。──しかし四ヶ月前、稜から父の罪の全貌を聞いた。──そしてフィオナが、父の罪を含めた二十年の悲しみを受容した。

 ──そのフィオナが、最期の夜、自分の名を呼んだ。

 カイルは長く沈黙した。

 秋初月の最終日の昼の光が、応接間の窓から斜めに入ってきていた。──応接間の床の樫の板に、光が金色の帯を作っていた。──カイルの右手は、机の上で軽く拳になっていた。──しかし力は入っていなかった。

 「アルデス公」

 カイルの声は震えていた。

 「──フィオナ様のお言葉、深く受け取らせていただきます」

            ─── ─── ───

 アルデス公は続けた。

 「カイル殿。──私は今日、貴殿にもう一つお伝えしたいことがあります」

 カイルは涙を拭った。──そして真っすぐにアルデス公の目を見た。

 「──父王ヴィルフレッドが二十年続けた独立戦争の遺族訪問。──私は、その続きを今日から始めます。──しかし私の訪問は、遺族訪問ではありません」

 アルデス公は深く息を吐いた。

 「私の訪問は、五家への訪問です。──千年の五家のそれぞれの家を訪ね、それぞれの家の千年の歴史を聞き、それぞれの家の新しい千年を共に設計する。──これが、フィオナの遺志を継いだ、私のこれからの二十年の人生の軸です」

 カイルの目が、深く開いた。

 「アルデス公。──二十年の、人生の軸……」

 アルデス公は頷いた。

 「父王の二十年の遺族訪問は、戦争の遺族への弔いの旅でした。──しかし私の二十年の五家への訪問は、千年の歪みを共に書き直す旅です。──そして最初の訪問先が、クルビット家です」

 カイルは長くアルデス公を見つめた。

 ──二十九歳の若い当主。──そして三十八歳の若い公爵。──二人の若い男が、二十年と二十年で五家の歴史と千年の歪みを共に書き直す関係になる。──父の罪を引き継いだカイルと、亡き妻の遺志を継いだアルデス公。──二人とも、それぞれの過去の重みを抱えたまま新しい未来を描き始める。

 「カイル殿」

 アルデス公の声は静かだった。

 「──私は、貴殿が孤独な道を歩まれているのではないか、と心配しておりました。──父の罪を受容した二十九歳の若い当主がこれからの千年の五家の再建をお一人で背負われるのではないか、と」

 アルデス公はカイルの目を見た。

 「しかしフィオナの遺志を背負った私がこれから貴殿のお隣に立たせていただきます。──千年の五家の新しい再建を二人で進めていく道筋をここで申し上げに来ました」

 カイルの目に、再び涙が滲んだ。──しかしこの涙は、先ほどの悲しみの涙とは違う種類の涙だった。──四ヶ月、一人で父の罪を受容し続けてきた若い当主が、初めて「並んで立つ者」を得た刹那の涙。

 「アルデス公」

 カイルの声はようやく落ち着きを取り戻した。

 「──ありがとうございます。──二十九年生きて、これほど深い感謝を感じる瞬間は、初めてです」

 アルデス公は深く頷いた。

 二人の前のカップの紅茶はもう冷めていた。──しかし二人は、しばらくその冷めた紅茶を見つめながら新しい関係の始まりを噛み締めていた。

            ─── ─── ───

 午後三時。──アルデス公はクルビット家の館を辞した。

 帰りの馬車。──カイルが正面玄関まで送り出した。──アルデス公の馬車が動き始める前、カイルは一度馬車の窓に近づいた。

 「アルデス公」

 カイルの声は静かだった。

 「──次のご訪問先は、どちらですか」

 アルデス公は窓越しにカイルの目を見た。

 「次はガラスベール家、それからプラント家、ヴィルダウ家、そして最後にエスタル家。──順番にお訪ねする予定です」

 カイルの目にわずかに陰が走った。

 「アルデス公。──プラント家のご訪問は、お気をつけください」

 アルデス公はカイルの目を見つめた。

 「プラント家、と」

 カイルは続けた。

 「プラント家の現当主、ジャスパー・プラント様、五十二歳。──過去四ヶ月、誰ともお会いになっていらっしゃいません。──家臣の方々も、ご当主の姿をほとんど見ておられないと、五家の小さな集まりで聞きました」

 アルデス公の目が、わずかに鋭くなった。

 「過去三ヶ月、誰とも」

 カイルは頷いた。

 「過去三ヶ月。──つまり契約更新日の頃から、です。──そして二ヶ月半前にアウリオンの王宮で属国条約が終わり、対等な二国間条約に移行した発表の後から、ジャスパー様の沈黙が始まっています」

 アルデス公は深く考えた。

 「カイル殿。──ご共有、ありがとうございます。──プラント家への訪問は、慎重に組み立てます」

 カイルは深く一礼した。

 「アルデス公。──またのお越しを心よりお待ち申し上げます」

 馬車が動き始めた。──アルデス公は窓越しにカイルに頷きを返した。

 馬車が館の前から離れた。──カイルの姿が、徐々に小さくなっていった。

            ─── ─── ───

 夕方、アルデス公の馬車はアウリオンに向かう街道を進んでいた。

 秋初月の最終日の夕陽。──地平線の向こうで、太陽が徐々に傾きつつあった。──そして馬車の窓越しに、空の色が徐々に紫に変わっていった。

 アルデス公は革の手帳を膝の上に開いた。──父王ヴィルフレッドから受け継いだ古い革の手帳。──父が二十年の遺族訪問で使い続けた手帳。──その手帳をアルデス公は二ヶ月半前から自分の五家訪問の記録に引き継いでいた。

 最初の頁を開いた。──父王の字で書かれた最初の遺族訪問の記録。──二十年前の春。──「霧峰、第一の遺族、エイブ・サルハイムの母、五十三歳。息子の死をまだ受け止められていない」。

 そして手帳の真ん中の頁を開いた。──白い頁。──アルデス公はインクを取り新しい記録を書き始めた。

 「秋初月の最初の朝、クルビット家、カイル・クルビット二十九歳。──フィオナの遺志『カイル殿を助けてあげて』をお伝えした。──カイル殿の涙、二度。──父の罪を受容した若い当主が、新しい『並んで立つ者』を得た瞬間。──次の訪問は、ガラスベール家」

 アルデス公はインクを乾かした。

 そして最後に、手帳の余白に小さな一行を加えた。

 「──プラント家、ジャスパー・プラント五十二歳、過去三ヶ月誰とも会わず。──訪問は慎重に」

 アルデス公はその一行を長く見つめた。

 (──過去三ヶ月の沈黙。──契約更新日の前後から、属国条約が終わった後の、五家の中の一家の沈黙)

 アルデス公の胸の中で新しい予感が動いた。

 馬車の窓の外で、秋初月の最終日の最後の光が、街道の小麦畑を金色に染めていた。──遠くで、夜の最初の星が、空に現れつつあった。──そしてアルデス公の手帳の中で新しい二十年の最初の一頁が、静かに記録されつつあった。

 稜は、革の手帳に新しい一行を書いた。──「秋初月最終日。──アルデス公の遺志、カイル殿に届く。──五家の最初の連結」。──そして手帳を閉じた瞬間、稜の胸の中で次の段階の予感が、静かに立ち上がっていた。

フィオナの墓前の白い忘れな草。

「カイル殿を助けてあげて」——フィオナの最期の遺志が、形になって動き始める日。

カイルが初めて「並んで立つ者」を得る瞬間。

書ききるのに、長い時間がかかりました。

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