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神崎の夢

 緑陰月十七日目の昼。

 議会の閉会から一時間。稜は王宮の北棟の自分の書斎に戻った。

 書斎の机の上に、ヴェルデンから届いた密書が置かれていた。グスタフ執事が、稜の到着を予期して机の中央に丁寧に並べていた。

 茶色の革の封筒。封蝋は、神崎の宰相職の青い蝋。──しかし神崎は、宰相退任の儀の準備に入っていた。今は副宰相のヘルマンが徐々に宰相代理を引き継いでいる。それでも青い蝋を選んだ理由が、稜には分かった。神崎個人ではなく、宰相の正式な公務として、この密書を送りたかった。

 稜は革の手袋をはめた。──そして封を慎重に解いた。

 封筒の中には、二通の紙が入っていた。

 一通目──神崎の手書きの密書。

 二通目──別の古い羊皮紙の写し。

 稜はまず神崎の密書を広げた。

            ─── ─── ───

 「──稜へ。

 お前の昨夜の密書を今朝、早く受け取った。アドラム王の三十六年前の書簡の内容、そして玄一郎先生の写真立ての裏の紋章のスケッチ。──両方の写しを深い感銘と共に読んだ。

 お前への返信を即座に送る必要があった。なぜなら、俺もまた、お前と共有しなければならない発見があるからだ。

 ──俺もまた、夢を見た」

 稜の息が、止まった。

 (──玲。──お前も、夢を)

 稜は、続きを読んだ。

 「三十年前、俺が十一歳の時。──祖父結城晋三郎がまだ生きておられた頃。──ある夏の夜、俺は同じ夢を二度見た」

 「夢の中で、俺は古い建物の中にいた。白い大理石の柱、青い天井、奇妙な文字の刻まれた壁。──その奥に、二人の男がいた。一人は、四十代の男。革の手帳を持っていた。もう一人は、四十代の別の男。青い宰相の礼服を着ていた」

 「──二人とも、東洋の顔立ちの男だった」

 稜は、文字の上で目を止めた。

 アドラム王が三十六年前に夢の中で見た光景と、神崎が三十年前に夢の中で見た光景は、ほぼ完全に一致していた。──両国の前々王と、若き日の神崎が、同じ夢を共有していた。

 「夢の終わりに、奥の壁から、声が俺に届いた。『この二人の男が、千年の歪みを書き直すために、お前の代に到着する』」

 「俺は、その夢を二度見たことを当時の祖父結城晋三郎に告げた。祖父は、俺の話を長く聞いた後、こう告げた。『玲。──その夢はお前自身の未来の姿だ。お前は、若くしてある参謀の道を歩む。そしてその道の最も深い場所でもう一人の参謀と出会う。二人の参謀が、何かを共に書き直す』」

 「──俺は、当時その意味を理解しなかった。しかし三十年が経って、お前との二年前の最後の夜、そして異世界での再会を経た今ようやく理解できる」

 「──稜。あの夢の二人の男は、俺たち二人だった」

 稜は、密書から目を上げた。

 書斎の窓の外で、緑陰月の昼の光が、王宮の中庭の噴水を金色に照らしていた。──しかし稜の目には、その光景がほとんど入っていなかった。

            ─── ─── ───

 稜は、密書の続きを読んだ。

 「──稜。三つの符合を俺は今朝、整理した」

 「一、千年前のトルメアスの時代の予言。──二人の異邦人がアウリオンの王宮に到着し、千年の歪みを書き直す」

 「二、三十六年前のアドラム王の夢。──白い大理石の柱の建物の中で、四十代の二人の東洋人の男」

 「三、三十年前の俺の夢。──同じ建物、同じ二人の男」

 「──そしてもう一つ、お前の昨夜の密書で示された、玄一郎先生の写真立ての裏の紋章。これは、千年前のアドレアン・ザラフの時代の文字の系統。──玄一郎先生が、千年前の予言の構造の中である役を演じておられた可能性が、極めて高い」

 「俺たちの転生の根本は、千年前の予言の最も深い層に繋がっている。──そしてその層の最終的な開示は、おそらく結婚の儀の刹那、皇宮の地下深部の神器の最終起動の瞬間に、訪れる」

 稜は深く息を細く吐いた。

 (──玲。──二人で、ここまで辿り着いた)

 稜は密書の最後の数行を読んだ。

 「──稜。第四段階の準備として、両国の主要な歴史家・学者のリストを俺は整理した。同封の二通目の写しを参考にしてほしい」

 「リストの最も重要な人物は、ハーゲン帝国南部、ヴァランディン家の最後の継承者──エミーリオ・ヴァランディン、八十歳。──千年前のセレウス・ヴァランディンの最も古い系譜を継ぐ、現在唯一の人物」

 「エミーリオ殿は、ヴァランディン家の千年の口伝を一人で抱えて生きてきた老人。──家は既に没落し、エミーリオ殿は南部の小さな町の小さな屋敷に、一人で住んでいる。──しかしエミーリオ殿が抱える口伝は、千年の予言の構造の最も深い層に直接触れる可能性がある」

 「──七日後のアウレリア議会の終了後、お前と俺で、エミーリオ殿を訪ねたい。場所はヴェルデンから馬車で三日。──ヴァランディン家のかつての領地、南方の小さな町、ロンディオ」

 「──玲」

 稜は密書の最後の署名を長く見つめた。

 (──玲。──三十年前のお前と、三十六年前のアドラム王と、千年前のトルメアスが、私の中で繋がりつつある)

            ─── ─── ───

 稜は、二通目の紙を広げた。

 羊皮紙。──神崎の手書きで、両国の主要な歴史家・学者のリストが整理されていた。

 ハーゲン帝国側、十二名。アウレリア王国側、八名。──合計二十名。

 最上段に、エミーリオ・ヴァランディン、八十歳。ヴァランディン家最後の継承者、千年の口伝の保有者。

 そして二段目以降に、両国の歴史学院の学者、書記官長クラスの古代文字の専門家、修道院の老司祭、そして大学院の研究者たち。

 稜はリストを長く見つめた。

 ──十年から二十年の間で築かれてきた、両国の知の最深部。──そしてその最深部に、エミーリオ・ヴァランディンという八十歳の老人が、最も古い口伝の保有者として存在していた。

 (──エミーリオ殿。──ヴァランディン家の千年の口伝。──第二段階で皇宮の地下深部の神器に触れた我々が、第四段階の最初に、口伝の最も古い継承者と直接対話する)

 稜は深く頷いた。

 そして机の上の革の手帳に新しい一行を書いた。

 「緑陰月十七日目。神崎の密書。三十年前の神崎の夢、三十六年前のアドラム王の夢、千年前のトルメアスの予言。──三つの符合。エミーリオ・ヴァランディン八十歳との対面が、第四段階の最初の道筋となる」

 インクが、ゆっくりと乾いた。

            ─── ─── ───

 書斎の扉が、静かにノックされた。

 「稜殿。──クロヴィスでございます」

 稜は手帳を閉じた。

 「──お入りなさい」

 クロヴィスが書斎に入ってきた。十六歳。書記官の黒い服。──朝の議会の場には、稜の補佐として控えていた。──しかしその後、自分の書記官の業務に戻っていた。

 「師匠。──ご報告がございます」

 クロヴィスは、稜の机の前に立った。

 「マテウス院長から、午後三時、冥書庫でお会いしたいとのご連絡がございました。今朝の議会の閉会の後、院長は冥書庫に戻られました。──私と師匠の二人で、お訪ねくださいとのことでございます」

 稜は静かに頷いた。

 (──マテウス殿。──朝の中庭でのお話の続きか、別の何かか)

 「分かった、クロヴィス。──午後三時、冥書庫で」

 クロヴィスは深く頭を下げて、書斎を出ていった。

 稜は、机の上の神崎の密書を慎重に折り直した。──そして革の手帳の最初の頁の裏に、七枚目の紙として加えた。

 六枚の符合の隣に、七枚目──神崎の三十年前の夢の証言。

 ──三十六年前と三十年前。──六年の差で、両国の若き者たちが、同じ夢を見ていた。

            ─── ─── ───

 午後二時、稜は革の手帳と、エミーリオに関するリストを持って、書斎を出た。

 王宮の長い廊下を東棟に向かって歩いた。──冥書庫は王宮の地下深部、東棟の最奥にある。──朝の議会の感慨と、神崎の密書の重みの両方を稜の胸の中に抱えながら。

 廊下の窓の外で、緑陰月の昼の光が、中庭の白い忘れな草を照らしていた。──忘れな草。──エリナ前王妃の象徴。──そして今朝、レオン王が議会で母の名を初めて公的に語った。

 (──陛下。──今朝の演説が、ハーゲン帝国の議員たちにも、徐々に伝わっていく。──そして両国の歴史家たちが新しい知の形を徐々に組み始める)

 稜は廊下の窓辺で、わずかに足を止めた。

 ──遠く、王宮の塔の頂きで、二つの旗が夏の風に揺れていた。──ハーゲン帝国の双頭の鷲と、アウレリア王国の金の鷲と銀の剣。

 (──七日後、ロンディオへ。──エミーリオ・ヴァランディン八十歳との対面が、第四段階の最初の扉を開く)

 稜は、東棟の方角に再び歩き始めた。

 ──しかし廊下の最後の角を曲がる前に、稜の脳裏に、神崎の密書の一行がもう一度蘇った。

 「俺もまた、夢を見た」

 (──玲。──三十年前、十一歳のお前は、その夢を見た時、何を思ったのか。──そして当時まだ前世の俺は、お前の存在も知らなかった。──しかし夢の中の二人の男は、既に俺とお前だった)

 稜は深く目を閉じた。

 そして開いた。

 ──緑陰月の昼の光が、廊下の石の床に長い影を作っていた。

 稜は、神崎の密書を再び読み返した。──三十年前、十一歳の神崎が見た夢。──三十六年前、アドラム王が見た夢。──二つの夢が、千年の時を超えて、稜の前で重なっていた。

 (──玲。──お前と俺は、生まれる前から、繋がっていたのか)

神崎が三十年前、十一歳の時に同じ夢を見ていた事実。

祖父・結城晋三郎の名前が、ここで初めて表に出ます。

二人の参謀が、それぞれの祖父を通して千年前と繋がっている——

この構造、第三部で書きたかった核心の一つです。

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