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ピックアップ式日本推理小説小史 2-2 ヨンゲルキダン


          2-2


 ここまでで、日本初の翻訳探偵小説「楊牙児奇獄」の身上と、その経緯みたいなものを述べました。では、その内容はいかなるものか? 今回、初めて月見も読んでみました。

 短編でも短いほうの部類です。内容は鴎外も書いていたように、クリスマス休暇に一人で帰省した学生のヨンケルが、家に着くことなく行方知れずになり、三週間後に無残な遺体として発見される。犯人の捜索がなされ、怪しい人物たちも浮かび上がるもののけっきょくわからずじまい。このまま迷宮入りかと思われたら、二年後に、思いがけない僥倖と手がかりによって事件は解決するというものです。

 思っていたより面白かったというのが率直な感想です。ただ内容からもわかるように、犯罪小説・犯罪実話ですね。書かれたのが「モルグ」より二十年ほども前だし、日本初の翻訳探偵小説とされているので、もしやという気もしていましたが、「モルグ」が世界初の探偵小説であるのは揺るがないと思います。探偵小説をどう考えるかで変わってきますが、「楊牙児奇獄」と同じように犯罪を扱った小説なり実話なりは、それ以前からあったでしょう。そこから進化した先に探偵小説があり、それが「モルグ」だというのが月見の考えです。それについては、推理小説とは? の章の5段落目で述べた通りです。


 もう一つの「青騎兵並右家族供吟味一件」のほうは、読んでいないので月見にはわかりません。中島河太郎氏によると、こんな内容です。


「『青騎兵』は、未亡人の留守中の盗難事件を扱い、容疑者が拷問される前に密告書が届き、真犯人が捕まって無実の罪が晴れる話である」


 続けて、こうあります。


「両篇ともに犯罪の発覚が偶然に頼っているが、『楊牙児』は筋立てがまだ素直である。『青騎兵』はいたずらに事件を複雑にからませ、しかもその効果があがらない」


 中島氏の見解だと、「青騎兵」は「楊牙児」に比べてイマイチになりますが、読んだ人のネットでの感想を読むと、「青騎兵」のほうが面白いという方もいることを付記しておきます。「明治の探偵小説」の著者の伊藤秀雄氏も、探偵物という点を主眼とすれば「青騎兵」のほうが面白いとされています。

 中島氏は続けて、二作とも趣向や面白みはあるとしたうえで、「ともかく推理的部分は薄弱で、本格的構成はポーに譲らなければならない」とされ、このへんは月見も同じ見解です。


 しかし――。では「楊牙児」読まなくていいんだと思われると、それはちょっとですね。実際月見は読んでよかったと思っています。日本初の翻訳探偵小説だという知識としてだけでなく、読んで知ったほうがいい感じですね。知識だと、所詮知識として知っているだけで終わりですから。日本初の翻訳探偵小説はなんでしょう? 「楊牙児奇獄」です。ピンポン、正解です! の、クイズの答えどまりですますのは、ちょっともったいないです。「楊牙児」を読んで、そのあとに「モルグ」を読むことで、探偵小説の特質を知るというのが、月見のお勧めです。「楊牙児」はそれには最適の作品だと思います。月見は「楊牙児」を読むことで、「モルグ」のすごさがいっそう鮮明になりました。デュパンの創造、第三者としての探偵の視点というのが、やっぱ大きいんだと改めて思いました。あ、「楊牙児」がつまんない作品というわけではないですよ。違いが鮮明になるという意です。


 それとここでもうひとつ言っておきたいんですが、センスというものは、知識や技術と違って教えることのできないものです。実際にそのものに接して、感じたり考えたりしないと学べません。ミステリにもセンスがあって、それは読書を通じてしか得ることはできないものです。そしてセンスにも良し悪しがあり、磨くには数多くの作品を読みこなすしかないのです。ただし、センスというものは使い勝手がいいので、なんでもかんでもセンスですまそうという人がいるので、そうならないように用心するのも重要です。すぐに、××な感じ、感じだよ感じ理屈じゃないの、てな感じで、ものごとをすましがちです。が、センス一本で挑もうとするのは無理というのが、月見のこれまでの経験です。センスは、豊かな経験と博識、それに思考と技術が備わってこそ有効性をもちます。しかしです。しかしなのです。センスが欠けていたり、センスが悪かったり、センスがなかったりするのは、経験・博識・思考・技術が不足しているより、致命的なのです。みんな、もっと本を読もうね。読書しようね。


 で、「楊牙児奇獄」を読んでみてください。そしてポーの「モルグ」と比較検討してみてください。「モルグ」のほうは、森鴎外が森林太郎の名で訳した「病院横町の殺人犯」で読むのも乙です。大正二年初出で、完訳でないのが残念ですが、モルグ街を病院横町とし、デュパンがドユパンとなっていたりして、独特の雰囲気があります。ついでに「雁」も読みましょう。月見は森鴎外はむずかしすぎて苦手なんですけど、「雁」はいいです。恋愛小説です。高校の教科書に載せるべきです。引用した部分だけでもわかるように、文章センスがいいんですよ。うらやましいほどにですね。ぜったい無理というか、雲泥の差の自覚が月見にはあります。「病院横町の殺人犯」も「雁」も青空文庫で読めます。


++++++++++


 「楊牙児奇獄」に関しての、ネットで月見が参照したものをあげておきます。


○― 楊 ヨ 牙児 奇獄


repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6702/1/58-1miyanaga.pdf


 宮永孝氏の「研究ノート」です。PDFです。ひとりでダウンロードします。もっともわかりやすかったです。原本の図版が見れ、貴重な資料でもあります。最後のほうに「楊牙児奇獄」の現代語訳がされていて、月見はそれで読まさせてもらいました。明治時代の訳なんて、月見には読めませんって。みなさんもこれで読まれることを勧めます。「楊牙児」の詳細を、もっと知りたい方はぜひともご覧になってください。現在での、必読レベルです。


○ミステリー小説のあけぼの―神田孝平と「楊牙児ノ奇獄」


http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~mkawato/%E3%


 川戸道昭氏が公開されているものです。これもわかりやすいです。月見は触れませんでしたが、「楊牙児」が翻訳されたことに、日本の近代文学・文章史上においてどういう意味があったのか。なんてことについて言及されています。「小説神髄」より先なんですから、それに鴎外が「雁」に書いているぐらいですから、ミステリだけにとどまらず画期的な出来事だったのかもしれません。興味深い考察が読めます。


○神田孝平「和蘭美政録」(明治文化全集): うわづらをblogで


http://uwazura.seesaa.net/article/4374166.html


http://uwazura.seesaa.net/image/orandabiseiroku.pdf


 うわづら文庫主人さんが管理されている、うわづら文庫サイトです。ここで、吉野作造が明治文学全集に掲載した神田楽山訳の「和蘭美政録」の「ヨンケル・ファン・ロデレイキ一件」を、見て読むことができます。吉野作造の解題も読めます。


 他にもいろいろネットを参照しましたが、以上の三つをもっとも資料として活用しました。感謝です。


 「青騎兵並右家族供吟味一件」ですが、現在これを読もうと思ったら、宮城県の地方史家である西田耕三氏の、「日本最初の翻訳ミステリー小説 吉野作造と神田孝平」でしか読めないようです。この本、福岡県の図書館のどこにもおいていません。東北大学の図書館にはあるみたいなんですけど、わざわざそれを近くの図書館に取り寄せてもらうのも抵抗があって(ただでさえ迷惑かけているのに)、で、読んでいないわけです。


 また、文章中で「ヨンゲル」だったり「ヨンケル」だったり、「奇獄」「奇談」だったりするのは、その人によって表記がちがうからです。たとえば、神田孝平はヨンケルで、成島柳北はヨンゲルなのです。了承してください。


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