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第七景 標本室にて
私は生前、「検体書類」にサインをした。
今は病院の標本室に陳列されている。
実は私はこの病院で死んだのだ。
所詮、人間は死んだら生ゴミに変わって焼却されてしまう。
検体処分にすれば私の名前と人間だった証し(部位)は残せる。
コレは私の生への未練かも知れない。
残した部位は脳、心臓、その他全ての臓器と眼球である。
だから焼かれた私は『殻の私(骨と皮)』である。
今日は眼科医志望の医学生が標本室に現れた。
私の眼をじっと観ている。
私は標本瓶の中で脅かしてやろうと思って睨んでやった。
すると学生は、
「うーん・・・死んで居ても角膜は使えるんだなあ・・・」
と言って、隣りの私の心臓の標本瓶に目を移した。
私は心臓を動かしてやった。
するとその学生は、
「おおッ! コレがIT細胞で復活させた心臓か・・・」
とため息を吐いて帰って行った。
「南無阿弥陀仏」
ぐらい言うのが礼儀じゃないのか。




