外伝最終話 魔王降臨せず、君は眠る
ノクトはメルソン村をこの世から消し去った。そうして、自身の愛したものや人生を失う事によって、完全にアイリーンの仇を討つことに成功した。
アイリーンを亡くしてから三年。ベッドから起き上がることすらままならなかった病弱な少年が、努力の末に得た恩讐の勝利だった。
しかし、それは直接アイリーンに手を下した罪人だけでなく、女子供も含めた無差別な犯行として行われた。
それは歪んだ勝利として、間違った絶望的な道として、ハルジオの目には映っていた。
そんな道に行かせたくなかったのに──
彼は止められなかった自分の無力を責め、後悔し続けた。
ノクトはあれ以来、二度と戻らなかった。
エイトに報せをしたとき、彼は膝を折って泣いた。
ハルジオは、エイトがノクトのことを本当の息子だと思って、手をかけて愛していたことを知っていた。
胸が痛くて、あの時のことをハルジオは二度と思い出したくなかった。
自分にもっと──
いろんな時々、長い年月のあらゆるタイミングで。
もっと、自分に力があったなら、こんな悲劇を止められたんだろうか──
ハルジオの悲しみは深く、深くなるばかりだった。
「うう……ノクト……なんで……」
ハルジオは、藻掻くようにうなされていた。体が重い。全身に汗をかいていて不快だ。
はっ、と急激に目が覚めた。
ここは──どこ……?
自室ではないが、見慣れた天井。
自分の体が重い原因も、ようやくわかった。寝ているノクトの半身が、ハルジオの体の上にモロに乗っていた。
「ちょっと……寝相……!どうなってんの、ナイトキラーなのに……」
読書お泊まり会をするといつもノクトはこうだな、とハルジオは思う。
暖を求めて温かいほうに寄ってくるのか……?
ハルジオは、ノクトを起こさないように巧みにそこから抜け出した。
そして、彼はようやく、今何が起こったのかを理解した。
──悪夢か!
ハルジオは、両手で顔を覆って、心の底から、何度も、何度も安堵した。
そういえば、寝る前にナイトスコーピオンのアイリーンと一緒に『魔王降臨』を読んでたな、と思い出す。
まさにその影響じゃん……
グレートワイツを冒険している間中、ハルジオはノクトを失うのではないかとずっと不安だった。
現実には、ノクトはハバキネスの人生を目の当たりにしたことによって、ギリギリのところで復讐を選ばなかった。
しかし、一歩間違えたら──
今見た悪夢が現実になっていたって全然おかしくはなかったと、彼は思う。
そう思う自分自身の不安が、過ぎた今となってこんな夢を見せたのかも知れない。
しかし彼は思う。ちょっと、事実よりも、読んでた小説のほうに引きずられてるな、とも。
ノクトはなんだかんだ言って、口でどう言ったとしても──女子供は殺せないんじゃないかな、と思う。
本人は否定しそうだけど、案外子供好きだし……女性に対しても、常に相当敬意を払ってるように見える。
別に一般的に男に対して特別態度が悪いというわけでもないが──あんな風に、罪もないであろう女性や子供に対して、無差別に殺人を行えるような人ではないと、断言できる。絶対に、無理だ。
「なんだかんだ、優しい人だからね、君は……」
ハルジオは、寝ているノクトに対して静かに囁いた。そして、ようやくという表情で安堵して、くすっと笑う。
彼の胸に、大事な友達を失わないで済んで本当に良かった、という安心感が満ち溢れた。
その時、けほ、とノクトが一回咳をした。そして、連続して数回。
ハルジオは、優しく背中をさすってやる。
しばらくすると、すーすーと静かな寝息をたてはじめて、それを確認すると彼は安堵した。
ハルジオはこのまま順当にいけば幻獣調査団の総帥となる予定だったが、少し前から、彼にとって別で実現したいことがあった。
それは、医者になることだ。
幼い頃からノクトの体調を見続けてきて、病気の子供を助けたい、という気持ちが強くなっていった。
ハルジオ自身は、あの頃の病弱なノクトを救うことはできなかった。しかし彼は思う。今、あの頃のノクトのように病気で辛い思いをしている子供たちを救うことは、もしかしたら自分にもできるんじゃないかと。
おじいちゃんは、もし僕が幻獣調査団を辞めたら、悲しむかな……と思い描いてみる。
しかし、おじいちゃん子だったハルジオは、祖父が言うであろう言葉を知っていた。
『お前が、好きなことを、やるといい』
おじいちゃんは、きっとそう言うに違いない。
ハルジオは一人ひっそりと微笑んだ。
しかし。
ハルジオはよく寝るノクトを見る。そして思う。
すかーっと静かな寝息を立てて呑気に寝入ってるノクトを見ていると、何だか無性に腹が立ってきた。
こんなに人を心配させといて、自分は健やかに爆睡して……
腹立ち紛れに、この死ぬほど無防備な彼に対してなんかイタズラしたろうかな、という邪な気持ちが芽生えた。
小鳥のさえずりが、エリオス王国の美しい空を彩っている。
もう朝ではない時間。カフェの営業が始まる、やや昼に近い頃合いだ。
「おいこらー、まだ寝てるのか?いい加減起きないと昼夜逆転するぞ」
エイトが部屋のドアを開けると、まだ爆睡中のノクトと、一足先に起きてまた本を読んでるハルジオと、ナイトスコーピオンのアイリーンの姿があった。
「あ、エイト。おはようございます」
「おはよう、ハルジオ。なんだ、ノクトの奴、まだ寝てんのか」
ノクトは寝転がって横を向いた状態で微動だにせず、寝ぼけたような声でつぶやく。
「なんか、すげぇ……ねむくて……」
そしてまた、すかーっと寝てしまった。
「まったく、こいつ休日となるといつもてんでダメなんだよな……せっかく遊びにきてくれてるのに、すまんなハルジオ」
エイトは困ったように言った。
ハルジオは笑顔で答える。
「全然大丈夫ですよ。アイリーンと一緒に本読んでるし」
アイリーンは尻尾を振って楽しそうに答える。
今日二人が読んでいるのは『勇者なのに方向音痴』という本だ。軽い読み口で面白くて、にこにこしながら読み進めていた。
「そうか、まあ飯が食いたくなったら、こいつ起こしてカフェのほうに来いよ。なんか昼飯作ってやるから」
「やったー!さすがエイト。お世話になりまっす!」
ハルジオは手放しでそれを喜んだ。
読書お泊まり会二日目のハルジオの夢──
それは、方向音痴になって散々に迷う夢だった。
現実世界の幻獣調査団の五人は、それぞれの道を歩むことになる。
ハルジオは医療を猛勉強するため、幻獣調査団を脱退。医師免許を取得すると《彼方なき救護団》を設立。
国境を跨ぎ、病気や怪我に泣く子供たちがいる限り、どんな場所にでも駆け付けた。
クレアは貴族の一人の求婚に応じ、幻獣調査団を脱退。戦場暮らしだった彼女は、今は貴族の奥方として、剣を振るうことなく幸せに暮らしているという風の噂が流れた。
そして現実のノクトは、魔王としてグレートワイツに降臨することは決してなく──
幻獣調査団の戦闘エキスパート《ナイトキラー》として、エリオス王国と近隣の平和を守り続けた。
数多くの危険で困難な任務をこなし続けたノクトは、ハルジオのいない幻獣調査団を駆け足で上り詰めていく。そして数年後には本人の希望とは反し、《ナイトキラー》でありながら、永く空席であった幻獣調査団の若き総帥となる。
危険な現場の任務が多い《ナイトキラー》というクラスは、比較的早死にが多い。彼が総帥となって現場の仕事が減ったことは、エイトやアイリーンにとって本当に喜ばしいことだった。
ノクト自身はずっと現場で仕事をしていたい様子ではあったが──
総帥となったノクトの両脇にはいつも、彼を支える右腕である《ソイブレイカー》トロント、左腕である《大賢者》マリンの姿があった。
そして、彼の肩にはいつもナイトスコーピオンのアイリーンが乗っていた。
この物語は終わる。
されど、彼の人生は終わらない。
ノクト・レヴァンス改めノクト・アシュベルは、幻獣調査団二代目総帥として、伝説を紡いでいく。
おしまい
これにて、本編全58話+外伝全4話、全て完結になります。
長い物語をここまでお読みいただき、そして楽しんでいただき、本当にありがとうございました。
後は独立作品やスピンオフなどで世界観を引き継いでいくことを考えていますが、この作品自体は以上で全て完結とさせていただきます。
ノクトたち幻獣調査団、それにまつわる皆を応援いただき、ありがとうございました!
可能な限りの、堂々たるハッピーエンド!でした!!
執筆:ザイン=エル
原案:ゆきげしょう
『されど胸の灯火は消えずに歩ませて
~幻獣ハバキネスの件~』




