外伝第三話 君の選んだ道
凄まじい、目にも止まらぬ速度で繰り出されるナイトブレードでの突き。
一点突破のこの攻撃は猛烈な速度で、横から弾くことさえも困難──クレアはどうにもできず、強烈に肩にそれを受けた。
しかし──
受けたのは打撲の音。
ナイトブレードは、鞘から抜かれていなかった。
それでも十分な激痛ではあったが──クレアはイラッとして叫んだ。
「なんで抜かない!ふざけるな!」
彼女は返す魔剣を振り抜いた。
魔剣での攻撃は大ぶりになる──ノクトにとってそれは回避しやすい。
大きくかわす必要さえなく、きれいにギリギリのところを読んでかわされる。
外野で見ている幻獣調査団の面々にとって、それは気が気ではなかった。いくらノクトにとって回避しやすいとはいえ、その魔剣の一振りの威力を知っているからだ。
一瞬の手違いでどんなひどい悪夢が現実になるか──彼らはそれを想像することさえ恐怖だった。
「魔剣じゃダメだ、ならこっちだ!」
クレアは魔剣を捨てた。その重量が地面でガランガランとすさまじい音をたてる。そして、勢いよく拳でノクトに殴りかかった。
「魔剣でダメなら拳って……」
ノクトは口元を緩め、くすっと笑った。
冷静に受ける構えで、クレアの拳を見切って回避すると、自分もナイトブレードを捨て、長い脚でカウンターの蹴りを繰り出した。
それは、クレアの太腿にヒットし、激痛を送り込む。
「クッソ!」
クレアは一時的に後退すると、再び殴りかかってくる。その軌道は先程と同じで直線的だ。ノクトはそんな単調な攻撃が当たるはずがない、と一目見てタカをくくる──
しかし、今度は大きく軌道が逸れた。クレアの筋力を限界まで使ったフェイント。
ノクトの、筋肉の動きで攻撃を読むその予測さえも覆す、渾身のフェイントだった。
彼女の拳は深く、ノクトの胸に突き刺さった。
「……ぐっ!」
言わずもがな、ノクトの胸にはフェンリルに受けた大きな傷口があり、まだ完全にはふさがりきっていない。
すさまじい激痛が走り、ノクトは片膝をついた。
「──って、さすがにそこ当てるのはひどすぎるでしょ!この外道!」
外野のハルジオからの猛ブーイングが飛ぶ。
トロントも、「そうだそうだ!」と野次を飛ばす。
「うるさいうるさい!命がけなんだこっちは!こいつ止めないと!」
クレアは怒って叫び返す。
ノクトは激痛に耐えながら、素早くナイトブレードを拾ってから大きく後ろに跳躍し、燃えくすぶっている家屋の屋根の上へと着地した。
「……マリン。そいつを説得してやってくれよ。無駄だって──」
屋根上から幻獣調査団を見下して、ノクトはつぶやくように言う。激痛をこらえ、額には汗が滲み、銀色の髪が額に張り付く。
「そもそも、この村の者たちは、お前が命を賭けて守るに値しない。くだらないことで死ぬのは、やめておけ……命が、もったいないだろ」
クレアは怒りで歯を食いしばっていたが、マリンがそっと静止に入った。
クレアはマリンの言うことはきく──腹を立てながらも、彼女のことを思うとこれ以上は動けなかった。
マリンは何も言えず、静かに涙を流していた。
ノクトに、生きていて欲しい。
マリンは思っていた──彼は不器用だから、幸せなんて上手に見つけられないのかもしれない。
それでも、生きていて欲しい……
ノクトは、そんなマリンを見て、少し困ったような表情をした。
そして、今度はハルジオ、トロントのほうを見る。トロントから見て、その目には、強い惜別の光が宿っているように見えた。
「ノクト……お前……」
トロントには、ノクトの気持ちが痛いほど、伝わっていた。
この凄まじい、全てを許せなくなる怒りの根底にあるのは、あまりにも深い悲しみだ──彼に、その猛烈な悲しみが移ってしまったように、目頭が熱くなる。
「それがどんな道であれ、オレは……お前を否定したくない」
トロントは無意識のうちに、強く拳を握りしめていた。
それは、今だけを切り取って善悪を語るからではない。彼を知り、冒険を通じて、ノクトがどんなことを思って生きてきたのか──全てとは言えないまでも、その一端を知ったからだ。
トロントは苦しそうに言った。
「思うまま、生きろよ……」
ノクトはトロントを見て、目を細めた。その目には、強い思慕の情が浮かんでいた。
しかし、目を伏せる。
ノクトはトロントに対して、何も言わない──何か言ったら、自分が瓦解しそうだった。
そして、今度はハルジオのほうを見る。
どうしてこんなことに──
ハルジオの表情は、悲しみで満ちていた。
絶対にこうなってほしくなかった運命。避けられて心から安堵した宿命。
それが何故、今更、こんな形で……
ノクトの唇がゆっくりと動いた。
「ハルジオ──」
ハルジオは咄嗟に、聞きたくない、と思ってしまった。
「嫌だ。嫌だ、ノクト!」
それはきっと、別れの言葉だ。
ハルジオの目に涙が浮かぶ。
友達がなかなかできなかった子供の頃──
同年代の友達がいなくて。少し年が離れた近所の子供たちは、読書や機械いじりに興味がなくて。
趣味のことを話せる人は、祖父のマルウスしかいなかった。
そんな折に、エイトが知人の弟を預かったと聞いて。その子が同年代で、しかも読書が好きだと知って、いてもたってもいられず、会いたいと言って。
カフェでエイトに紹介してもらって初めて会った時には、ちょっと怖い雰囲気の子なのかなとも思った。だけど、本当に本のことが大好きなのが伝わってきた──
ハルジオにとっても、ノクトは初めての心を開ける友達だった。
そして、「また話そう」って、言ってくれたんだ。
そのノクトが、今炎の中で、最後の言葉を口にする。
「ハルジオ……アイリーンを、幸せにしてやってくれ」
ハルジオは口を開くが、何も、言葉が出なかった。
ノクトはもう、返事をきかない。
炎を背景にして皆に背を向け、右手を上げ──力なくそれを一回だけ振る。
別れの挨拶だった。
彼は燃えくすぶる家屋から向こう側へと飛び降り、炎の果てへと消えていく。
「ノクトの……バカ野郎!」
ハルジオは泣きながら叫んだ。
それが、幻獣調査団が見た、ノクトの最後の姿だった。
全知全能の幻獣ハバキネスは、塔の屋上で静かに寿命を迎えるところだった。
ノクトの所業については観測していた──行かせたくない運命へと行かせてしまった悲しさはあったが、これも人の運命か……
全知全能の幻獣とはいえ、全てを思い通りにすることはできない。
ノクトはメルソン村を焼き払い、この島から人間の足跡を全て消し去っていた。
だが、それと同時に彼は本国へ帰る手段、そして共に生きていける可能性のある人間を全て失い、この島に残るただ一人の人間となった。
『あなたは憎悪の末、人であることを捨て……孤独の道を歩むのですか、ノクト……』
寂しそうに、ハバキネスは言った。
この原始的な島で、ノクトは生態系の頂点に立った。
キングゴブリンを屈服させる。野良狼を力でわからせた。そして、巨竜の弱点を把握し完全なる配下へと下らせた。
憎悪は彼を、この島を統べる魔王へと変貌させた。
生きる気などなかった。
ただ、死に場所を失っていた。




