外伝第二話 今暫く、独りにて
ノクトはメルソン村を焼き払いに行ったに違いない──未来の記憶をもつハルジオにはそれが明確にわかった。
「みんな、ノクトはメルソン村に行ったんだ。きっと、村に危害を加える気だ!」
ハルジオは叫ぶように言った。
「メルソン村……アイリーンの仇のためかよ……!」
トロントは焦って言う。
確かに、今のノクトの精神状態であればやりかねない。しかし……
「でも、どうしてサソリのアイリーンとか、バッジとか、置いてっちゃうの……?」
クレアにはノクトの行動が理解できず、疑問を口にした。
「だって、アイリーンって、アイリーンなんでしょ?ノクトにとってすごく大事なんじゃないの。どうして置いてくの……?もう、いらないの……?」
ハルジオは苦しそうに言う。
「それは……きっと大事だから、置いてったんだ。こんなことに、巻き込みたくないから……
それに、僕たち、幻獣調査団に迷惑をかけないため──幻獣調査団を脱退すれば、団員としてじゃない、個人の犯行になるから……」
「そんなの、わかんないよ!」
クレアは頭にきて叫んだ。
「だって、大事なら一緒にいるべきじゃん。違う?ハルジオ!」
「それは……」
クレアの正論に、ハルジオは何も反論できない。だけど──
ノクトの悲しみだって、わかるんだ……ハルジオは力なくつぶやいた。
「とにかく……やめさせないと!」
マリンは意を決して「いきましょう」と、全員を促した。
幻獣調査団は急ぎハバキネスに別れを言うと、足早に塔を下り、メルソン村へと向かった。
ハルジオは悲しい思いで、起動が終了しているアイリーンと、大事な幻獣調査団のバッジ、補修されたナイトキラーの上着を手にしていた。
アイリーンは一度終了すると起動に時間がかかる。落ち着いた場所に出るまでは起動させることはできない。
ハルジオは思う。多分、それをわかってて、ノクトはアイリーンを終了させたんだ。
いかなることがあっても、自分の凶行をアイリーンにだけは見せたくなかったんだよね……
クレアのいうこともわかる。
だけど、ノクトの悲しみ、傷ついた心は、もっとわかってあげなきゃいけないと、ハルジオは思っていた。
しかしどう急ごうと、徒歩で村へ向かうためには数日はかかる。
ワープ装置がもう一つあればよかったのにとハルジオは思ったが、今更それを考えても仕方がないと思考を振り払った。
かなり急ぎの行軍で禁域を歩んで二日。
もうすぐ村が近いと思える頃、木々のむこうに火の手が上がるのが見えた。
「ヤバいぞ、火が……!ノクトの奴、村に火をつけやがったな!」
「急ぎましょう!」
悲鳴が聞こえてくる。
逃げ惑う村人たち。
ハルジオは、一人を呼び止めて問いただす。
「どうしたんですか!」
怯える村人たちは逃げながら叫ぶ。
「銀色の髪の悪魔が、村を焼き払って……!」
「容赦のない虐殺を……!」
「ノクト……バカ野郎──!」
トロントは、頭を抱えて叫んだ。
幻獣調査団の四人は村へと入っていく。
焼けこげた匂い、そしてすでに焼き尽くされ凄惨な廃墟となった家屋もある。
そこに立つのは、銀色の髪を逆巻く突風に揺らした姿──黒い革の脚衣と長靴、裸の上半身に血の滲む包帯を巻いている。
ラベンダー色の目を昏い復讐に光らせ、殺意そのものである黒い刀を携えた羅刹の如き姿──ハルジオはそれを見て、いっそ美しいとさえ思った。
燃え盛る村を背後にしたそのシルエットは凄惨で、地獄の顕現だった。
「……どうした。願いは、叶ったのか」
何も無かったかのように──
少し別れて問題なく合流した時の口ぶりで、ノクトは彼らに声をかけた。
だが、今までノクトを彼たらしめていたものを全て外したその出で立ちと、普段通りのその口調は、彼らにとって極めて異質なものだった。
「お前──」
トロントは、何も言えなくなる。
凶行に及んでしまう気持ちは、痛いほどわかっていた──自分だって、そうしたくなるだろうと思った。
トロントの表情からその思いを察して、ノクトは物悲しそうに微笑んだ。
「ノクト……」
怒りを纏って一歩前に出たのは、クレアだ。
「あんた、まさかと思うけど……ここの村人を全て、殺すつもりなの……?」
ノクトは、クレアを見つめ、剣呑に目を細める。
「それが何か、問題でも……?」
さも当然なその物言いに、ハルジオは衝撃を受ける。
彼は思った──この村には確かにガラの悪い連中がいる。アイリーンを害したのもそういった連中であることは想像に難くない。
しかし、そうではない普通の村人、女性、子供もいる。彼らまで、全て──?
「確認するけど」
クレアは食い下がって聞く。
「子供たちや、女の人まで──?」
「くどい」
その一言は静かだったが、言葉でクナイを飛ばしたように鋭い。
独り炎を背負ったその姿は、幻獣調査団たちの目には、今までのノクトとはまるで別人のように映り──
「そうだったら、どうする?クレア」
ノクトは首を傾けて、心底、「よくわからないことを聞くなよ」と、面倒そうな顔で。
「この村には食人の風習がある。むしろ逆に聞くが……そんな害のある村を、どうして残したほうがいいと思う──?」
しかし、クレアはその態度にも諦めない。
「……そうなのかもしれないけど、全員がそういうことをしているかどうかなんて、わからないじゃん!とくに、子供なんて……」
クレアのその真っ当な言葉は、底冷えするラベンダー色の冷たい目線で返される。
そのノクトの態度に、クレアは愕然とした。
そして──
意を決したように、ノクトに対して魔剣を抜く。
「クレア!」
マリンは叫ぶ。
こんなところで仲間割れだなんて……しかも、真剣を使って──
「どうしても全員無差別にやるっていうなら、あんたを殺してでも止めるよ。ノクト」
そのクレアの言葉に、ノクトはアルカイックな微笑みを浮かべていた。
しかし、口元の微笑みに反して目は全く笑っておらず──劫火を背後に背負ったその姿は、相対する者にとっては地獄の使者のように感じられ、恐ろしい殺意を立ち登らせていた。
カチ、とナイトブレードを鞘から浮かせる。
「オレが、お前を殺せないとでも思っているのか?オレは──」
言いかけて、ノクトは皮肉った笑みを浮かべる。
「ああ……もう、ナイトキラーじゃあ、ないんだったな……」
その言葉はどこか寂しそうで──
しかし、次の瞬間には凄まじい速度でクレアへと突進していた。




