外伝第一話 残影は今もなお揺らめく
「図書館で、本いっぱい借りてきたよ!頼まれていたのもあるからね」
本の束を持って、ハルジオはエイトの家、つまりノクトの実家を訪れていた。
ドアをあけたノクトは無言で親指を立てて「グッジョブ」を示し、彼を室内に招き入れた。
それは、ハバキネスの件の後、諸々の後片付けやら報告書、論文提出が終わった後、かなり経過してからのことだった。
ようやく待望のまとまった休暇がとれたハルジオとノクトは、エイトの家に勝手に集まって久々に読書お泊まり会を開催していた。
二人は順番にシャワーを浴びて寝巻きを着て、いつでも寝落ちできるスタイルにシフトする。
「食うもんは適当に用意してあるから、適当にやろうぜ。飲み物、コーヒーでいいか」
ノクトは本当に適当な携帯食料と、飲み物を持ってくる。
「全然いいよ!カフェインキメて読書最高~!」
ハルジオはわくわくしながら言った。
彼らは日々苛烈な仕事をしているが、まだ十八歳に過ぎない。休日である今日だけは年相応に、無邪気にリラックスする予定だ。
そこには、ナイトスコーピオンのアイリーンもいる。アイリーンは今ハルジオが読んでいる『魔王降臨』が気になるらしく、怖がりながら一緒に読んでいた。
ノクトはそれを見てふっと笑った。
「なんか、こういうの久しぶりだな」
「ほんと、またこうできるって、思わなかったけどね」
ハルジオも同意して言う。
あまりにも色々なことがあった。
多くは語らずノクトは、
「そうだな」
とだけ短く返事をした。
「おーい」
ドンドン、と部屋が雑にノックされる。仰向けになって本を読んでいたノクトは、ドアのほうを見るために顎を天井に向けた。
「なに、父さん」
その声はエイトだ。ドアを開けるなり、テーブルに散乱した携帯食料を眺めてため息をつく。
「またそういうしょーもないもん食ってからに……そんな事だと思ってサンドイッチ作ってきてやったぞ」
「まじ?最高じゃん。ありがと」
ノクトは起き上がって、二人分のサンドイッチと水を受け取った。
「あとなぁ、コーヒーは水分に入らないんだから、ちゃんと別で水分摂るんだぞ」
「わかってるって」
コーヒー以外の飲み物を用意していなかったが、ノクトはいけしゃあしゃあと言った。
「あと、休みだからってあんまり遅くならないように、早く寝ろよな」
「まあしばらく休みだから、それは保証できねーな」
ニヤッとしながら、ノクトはエイトに対して言った。
エイトは「お前なぁ……」と言いながら、額に軽くデコピンをして去っていった。
「ハルジオ、父さんから支給品きたわ」
「サンドイッチとか、わかってる!さすがエイト、神!」
ハルジオは寝転んだ状態で、両手で万歳三唱した。アイリーンも楽しげな雰囲気で、キャッキャと尻尾を振って嬉しそうだ。
ハルジオはアイリーンといっしょに『魔王降臨』を読み続けた。一人の青年が悲しみから闇に堕ち、禁忌を破ってついには魔王となる。それは物悲しく、怖い話だった。
ノクトは武術書を読んで、戦闘時の構えや動きをひたすら研究していた。しかし、夜も更けてきて、その動作にあくびが挟まるようになる。
数時間が経ち、ハルジオが気付いたときには、ノクトは行き倒れるように寝ていた。
「も〜ノクトってば、毛布もかぶらないですぐ寝るんだから……」
ハルジオはぶつぶつと言いながら、毛布をかけてやる。
ノクトは旅先での睡眠の場合、眠りが浅く非常に敏感で、どんな小さな物音でも一瞬にして目を覚ましてしまう。
しかし、安心できる場所だと案外すぐに寝てしまうし、なかなか起きないことを、ハルジオは長年の付き合いで知っていた。
その無防備な寝顔を見て思う。
本当に、あの島──グレートワイツから、よく無事に帰ってきたと思う。
こんな風にまた一緒に本を読んだりできるなんて、夢にも思わなかった。
その寝顔を眺めていたら急に眠気に襲われ、自分もうとうとしてしまい──やがてハルジオもすっかり寝入っていた。
「何ぼーっとしてるの、ハルジオ」
「あ、え……?」
クレアに呼びかけられて、ハルジオははっとした。
「え、ここは……?」
そこは、晴れ渡った塔の屋上。
トロント、マリン、クレアがいる。そして──
「うわあ!ハバキネス!」
眼の前に白銀の竜がいる。しかし、胸に一文字に刻まれた傷によって、彼女はゆっくりと寿命を迎えつつあった。
何がどうして、自分はここにいるのか。
ハルジオは一瞬パニックになった。
もしかしてここは、僕たちがハバキネスを倒した、あの時のグレートワイツ……?
何故、いまここに──
『どうかしましたか、ハルジオ。四人の願いを、聞かせてもらいましたよ』
白銀の竜であるハバキネスは、女性の声の念話を頭の中に直接送り込んでくる。
四人、という言葉に、ハルジオは胸を突かれた。
「待って……四人の願いって……ねえ、ノクトは?」
ハルジオの疑問に、トロントは困ったように言う。
「あいつ、さっきから、いないんだ……」
マリンも心配そうに言葉を紡ぐ。
「皆が願いを伝えている最中……つい先程、いなくなってしまったみたいで……」
「なんだって……!」
ハルジオは半ば叫ぶように言った。なんでそんなことに──僕たちが経験した事実と、違うじゃないか。
クレアが首を傾げながら言う。
「まあ、《ナイトキラー》の隠密行動に気付けるわけないよね……どうしよう。どこいっちゃったんだろ」
とてつもなく嫌な予感がする──ハルジオは、そう感じていた。
そして、それは的中していた。
見回すと、屋上から階下へと下る階段のすぐ近くに、光るものが置かれている。
幻獣調査団のバッジ、ナイトキラーの制服の上着、そして、起動がオフになったナイトスコーピオンのアイリーンだ。
それを見て、ハルジオは吐き気を催すような絶望に襲われた。
なんで──なんで──
ノクトが幻獣調査団のバッジとアイリーンを置いていった。置いていったんだ!
それが何を意味するのか、ハルジオは痛いほど理解していた。
これは、夢だ。
ハルジオは自分に言い聞かせていた。
絶対に、夢だ!
【外伝 第一話・あとがき】
★この外伝は、ゲームマスターが用意していたノクト専用バッドエンドルートを、ハルジオの夢として再現した小説です。
つまり夢なのでご安心ください。




