第1話 城の自室――セシリアの興奮と回想
王城の奥、白い大理石の廊下を、小さな足音がぱたぱたと駆けていく。
「姫様、走らないでくださいませ!」
侍女エルナの声が響くが、
セシリアは聞こえていないかのように自室へ飛び込んだ。
扉を閉めると同時に、ベッドにダイブする。
「エルナ! 今日のこと、聞いて!」
エルナは静かに扉を閉め、主のはしゃぐ姿に小さく微笑んだ。
「ええ、もちろん。……あの少年のことでしょう?」
セシリアは勢いよく身を起こした。
「そう! ラースよ!エルナも会ったでしょ? あの人、すごかったの!」
エルナは頷く。
「ええ。あの時、私に“この子のこと、お願いします”と頭を下げてくれましたね。
礼儀正しく、落ち着いた少年でした」
セシリアは目を輝かせた。
「でしょ! それにね――」
「私をおんぶして走ってくれたの。
すっごく速くて、全然ふらつかなかったのよ!」
セシリアは両手を広げ、その時の様子を必死に再現しようとする。
「普通、あんな細い路地をあの速さで走ったら、
絶対に転ぶはずなのに…… ラースは一度もよろけなかったの!」
エルナは驚きつつも、冷静に分析していた。
(……確かに、あの少年の足取りは異様に安定していた。
ただの孤児院育ちの子供とは思えない)
セシリアは続ける。
「それにね、背中がすごくあったかくて……なんか、安心したの」
その言葉には、幼いながらの“信頼”が滲んでいた。
エルナは胸の奥で別の感情を抱いていた。
(……この子が誰かを“すごい”と言うなんて)
セシリアは5歳にしては異常にしっかりしている。
同年代の貴族子弟を泣かせるほどの観察力
言葉も態度も大人びていて、子供らしい無邪気さが少ない
そのため、周囲は密かに「このままでは貰い手がないのでは」と心配していた
だが――今日のセシリアは違った。
頬を赤らめ、目を輝かせ、年相応の少女のように笑っている。
エルナはその姿を見て、胸がじんわりと温かくなった。
(……よかった。
この子にも、ちゃんと“女の子らしい”部分があった)
セシリアはベッドの上で足をぶらぶらさせながら呟く。
「また会えるかな……ラース」
その声は、幼いながらもどこか切なさを含んでいた。
エルナはその横顔を見つめ、静かに決意する。
(……姫様がここまで心を動かされた相手。
あの少年がどんな人物か、調べておく必要があるわね)
エルナの瞳には、侍女としての鋭い光が宿っていた。




