第4話 巣立ちの予兆――院長との会話・涙の理由
孤児院の生活が変わり始めてから、もう二年が経っていた。
裏庭では年長者が年下に罠の作り方を教え、
食堂では子供たちが自分たちで配膳を分担し、
商店で働く子たちは誇らしげに小銭を数えている。
(……すごいな)
ラースはその光景を見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(もう、俺がいなくても大丈夫だ)
そう思った瞬間、胸の奥に小さな寂しさが生まれた。
夕暮れ。ラースは院長の部屋の前に立っていた。
扉をノックすると、院長が穏やかな声で言った。
「入りなさい」
ラースは深呼吸をして、扉を開けた。
「……院長。話があります」
院長は椅子に座り、ラースを優しい目で見つめた。
「どうしたんだい、ラース君」
ラースは拳を握りしめた。
「僕……冒険者登録をして、もっと色々なことをやってみたいです」
院長の表情が、一瞬だけ揺れた。
深いため息が漏れる。
「……やっぱり、そう言い出すと思っていたよ」
ラースは黙って聞いた。
院長は机の上の書類をそっと閉じ、ラースの方へ向き直った。
「ラース。君は本当に立派だよ」
その言葉は、静かに、しかし深く響いた。
「孤児院をここまで変えてくれた。
子供たちに生きる力を与えてくれた。
私ができなかったことを、君は自然にやってのけた」
ラースは俯いた。
院長は続けた。
「でもね――」
その声は、どこか寂しさを含んでいた。
「ここは君の帰る場所だ。
どれだけ外の世界に出ても、どれだけ強くなっても、
君が戻ってきていい場所なんだよ」
ラースの胸が熱くなる。
院長は優しく微笑んだ。
「だから……少なくとも15歳になるまでは、
ここに住みなさい。それが私の願いだ」
ラースはゆっくりと顔を上げた。
「……はい」
その声は震えていた。
目の奥が熱くなり、視界が滲む。
(……なんで、泣きそうなんだ)
自分でも分からなかった。
洞窟の恐怖でもない。
森の違和感でもない。
ただ――“守られている”と感じた。
それが、胸の奥を強く揺さぶった。
院長はそっとラースの頭に手を置いた。
「君はまだ子供だよ。焦らなくていい。
ここで、ゆっくり大きくなりなさい」
ラースは小さく頷いた。
その目には、いつもより多くの涙が光っていた。




