第3話 孤児院の日常――労働と食事と小さな事件
翌朝。ラースは、まだ薄暗い時間に目を覚ました。
(……なんで、こんなに早く目が覚めるんだ?)
周りの子供たちはまだ寝息を立てている。
10歳の子供なら、もっと寝ていてもおかしくない。
だが、ラースの体は自然と“早起きの習慣”を覚えていた。
理由は分からない。
ただ、そうするのが当たり前のように感じた。
朝食の前に、子供たちはそれぞれの持ち場に散っていく。
ミーナは洗濯場へ、トムは薪割りへ、レオは畑へ。
ラースはレオと一緒に畑仕事を任された。
畑は孤児院の裏に広がっており、細い畝に野菜が植えられている。
だが、どれも元気がない。
レオが言った。
「……水が足りないんだ。井戸が遠くて、みんな疲れちゃって……」
ラースは土を掴んでみた。
乾いている。ひび割れている。
このままでは、まともに育たない。
(……水のやり方を変えれば、少しはマシになるかもしれない)
そう思った瞬間、ラースは自分の思考に違和感を覚えた。
(……なんで、そんなことが分かる?俺は……ただの子供なのに)
レオが不思議そうにラースを見ていた。
「ラース……なんか、詳しいね」
「え? あ、いや……なんとなく」
ラースは慌てて誤魔化した。
昼食は、昨日と同じ薄いスープと固いパン。
子供たちは慣れた様子で食べているが、
ラースはスープを飲むたびに胸がざわついた。
(……これじゃ、体がもたない)
ミーナが隣で言う。
「今日はまだマシだよ。パンがいつもより柔らかいし」
ラースはパンを指で押してみた。
確かに、昨日よりは少しだけ柔らかい。
だが、それでも栄養は足りない。
(……このままじゃ、みんな弱っていく)
胸の奥に、焦りのようなものが生まれた。
その時だった。
「おい、それ俺のだろ!」
「違うよ! 僕のだよ!」
食堂の隅で、二人の男の子がパンを奪い合っていた。
トムが立ち上がる。
「またかよ……ったく、弱いくせに喧嘩すんなっての!」
トムが乱暴に二人を引き離そうとした瞬間――
ラースの体が勝手に動いた。
「待って!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
食堂が一瞬静まり返る。
ラースは二人の間に入り、落ち着いた声で言った。
「喧嘩しても、パンは増えないよ。
半分こにしよう。
そのほうが、どっちもお腹が満たされる」
二人の子供は戸惑ったようにラースを見た。
トムが呆れたように言う。
「……お前、なんでそんな“大人みたいなこと”言うんだよ」
ラースは言葉に詰まった。
(……まただ。俺は、なんでこんな言い方を……?)
ミーナがそっとラースの袖を引いた。
「ラース君……なんか、すごいね。
でも、ちょっと怖いくらい大人っぽいよ」
ラースは苦笑した。
(……俺は、本当に10歳なのか?)
胸の奥の違和感が、また少し大きくなった。
その日の作業が終わり、ラースは裏庭の畑に一人で立っていた。
夕日が畑を赤く染める。
(……食事が足りない。畑もこのままじゃ育たない。みんな、痩せてるし……)
気づけば、ラースの思考は“改善策”ばかり考えていた。
(……野兎なら、この森にいるはずだ)
その考えが浮かんだ瞬間、ラースは息を呑んだ。
(……なんで、そんなことを知ってる?)
自分の中に眠っていた“何か”が、ゆっくりと目を覚まし始めていた。




