第1話 526年で目覚める。兵士以外の道を探す
――斧が振り下ろされる音。
――胸を貫く冷たい刃。
――視界が闇に沈む瞬間。
そのすべてが、まるで“今この瞬間”の出来事のように鮮明だった。
「……はっ……!」
ラースは跳ね起きた。
肺が焼けるように痛い。
喉は乾ききり、呼吸が荒い。
だが、すぐに気づく。
――また、ここだ。
石畳の路地裏。
湿った空気。
薄暗い朝の光。
遠くで鳴るパン屋の鐘の音。
前回とまったく同じ場所。同じ匂い。同じ空気。
「……526年……」
胸の奥が冷たく沈んだ。
529 → 528 → 527 → 526 と戻ってきたのに、
次は525年ではなく、526年のまま。
「……なんでだ……?」
呟きは震えていた。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、深い疲労と絶望が混ざった声。
これまで何度も兵士になり、訓練し、戦場に立ち、
カインが死に、王国軍が崩れ、グスマンが死に、自分も死んだ。
強くなったつもりでも、結果は変えられなかった。
「……また兵士になっても……同じ未来が待っているだけか……」
胸の奥に、重い鉛のようなものが沈んでいく。
ラースは街へ出た。
朝の王都ランスは活気に満ちているはずなのに、
今のラースにはすべてが遠く、薄く見えた。
日雇い仕事を探すが、相変わらずまともな仕事はない。
「悪いな、今は人手が足りてるんだ」
「そうか……」
断られるたびに、胸の奥の絶望がじわじわと広がっていく。
――兵士以外の道はないのか?
そう思い、ラースは思い切って聞いた。
「兵士以外で……何か仕事はないか?」
男は少し考え、「ああ、冒険者ギルドに行ってみたらどうだ?」と教えてくれた。
採取や護衛の仕事があるらしい。
「冒険者……?」
兵士とは違う道。未来を変えるための、別の選択肢。
胸の奥に、ほんのわずかだが光が差した。
「……行ってみるか」
冒険者ギルドは、兵士募集所とはまったく違う空気だった。
依頼書の貼られた掲示板、武具を手入れする冒険者、受付で談笑する人々。
活気があり、自由で、どこか温かい。
ラースは登録用紙に名前を書き、受付へ持っていく。
受付にいたのは、恰幅の良い、同年代の女性だった。
用紙を見た彼女は、ラースの顔を見て目を丸くした。
「ラースじゃないか、随分久しぶりだねぇ」
「えっと……どちらさんですか?」
女性は大笑いした。
「あっはっは。あたしが奇麗になったからって、そんな冗談言わなくてもいいんだよ。ミーナだよ。孤児院で何年か一緒にいただろうに」
孤児院。ラースには記憶がない。
だが、適当に合わせる。
「その日暮らしで大変で、もう覚えていないわ。孤児院って、どこの孤児院だ?」
「このランスの西側の孤児院だよ。忘れちまったのかい?」
「ああ、すまん……」
ミーナは笑って肩をすくめた。
「まあいいわ。で、登録するのね?」
「ああ、頼む」
ミーナの説明は丁寧だった。
常設依頼、護衛依頼、討伐依頼、指名依頼。ランクはE〜A。
初心者にはナイフと採取籠の貸し出しもある。
「じゃあ、まずは薬草採取からだね」
ラースはナイフと籠を受け取り、南の森へ向かった。
森の空気は冷たく、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。
薬草採取は初めてで四苦八苦したが、なんとか最低納入数を確保した。
――兵士とは違う。
――戦場とは違う。
だが、胸の奥にあった重い絶望が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
「……まずは、ここからだな」
ラースは小さく呟き、森を後にした。
こうして、ラースの“冒険者としての新しい人生”が始まった。




