第2話 秘湯へ――戦場の空気が溶けていく道のり
仮面の者たちの死体を後にし、 ラースは馬車の前に立って道を示した。
「こっちだ。すぐ近くに、休める場所がある」
護衛たちは疲労で足取りが重い。 馬車は車軸が折れ、押すたびに軋んだ音を立てる。
だが、 山麓の木々の間から湯気が見え始めた時―― 一行の表情がわずかに変わった。
「……湯気?」
「まさか、温泉……?」
ラースは軽く頷いた。
「俺が見つけた場所だ。柵もあるし、雨除けの小屋も作ってある」
護衛たちは驚きと安堵の入り混じった声を漏らした。
木々を抜けた先に、 ぽっかりと開けた空間があった。
周囲を囲むしっかりした木の柵
湯気を立てる透明な湯
湯のそばに建つ簡易の雨除け小屋
湯面に反射する柔らかな光
戦場の緊張が、 その景色に触れた瞬間ふっとほどけていく。
「……すごい……」
「こんな場所が……」
護衛たちは思わず息を呑んだ。
セシリアも馬車から降り、 湯気に包まれた空間を見て目を丸くした。
「ここ……ラースさんが?」
「うん。気に入ってね。 何度か通って、少しずつ整えたんだ」
ラースは照れくさそうに頭をかいた。
ラースは桶に温泉を汲み、 雨除け小屋の中へ運んだ。
「ここで足湯ができる。体も温まるし、疲れも取れるよ」
セシリアはおそるおそる足を入れた。
「……っ……あ……」
湯の温かさが足先からじんわりと広がり、 戦闘で強張っていた筋肉がゆっくりと緩んでいく。
「……気持ちいい……」
その声は、 戦場では決して聞けなかった柔らかさを帯びていた。
エルナも隣で安堵の息をつく。
「セリア様……少し顔色が戻りました」
「ええ……ラースさんのおかげね」
セシリアはラースの背中を見つめ、 ほんの少し微笑んだ。
護衛たちは外の湯で交代で足湯を始めた。
「……生き返る……」
「こんな場所があるとは……」
「ラース殿、恩に着る」
ラースは軽く手を振った。
「気にしないで。 ここは俺も好きな場所だから」
護衛たちの表情から、 戦闘の緊張がゆっくりと消えていく。
一行が休み始めると、 ラースは柵の外へ出ていった。
「ラースさん、どこへ?」 エルナが声をかける。
「鳴子を仕掛けてくる。 何か来てもすぐ分かるようにね」
ラースは木の枝と縄を使い、 手際よく鳴子を設置していく。
カラカラ……と風に揺れる音が、 静かな警戒の証となった。
護衛の一人が感心したように呟く。
「……本当に器用な男だな。冒険者というより、職人のようだ」
ラースは笑って答えた。
「小屋も自分で作ったからね。こういうの、嫌いじゃないんだ」
その言葉に、 セシリアはまたそっと微笑んだ。
(……こんな人だったんだ……)
戦場で見せた鋭さとは違う、 穏やかで、静かで、 どこか温かい横顔。
湯気の向こうで揺れるその姿に、 セシリアの胸の奥が少しだけ熱くなった。




