第3話 平穏の終わり――砂埃と怒声が山麓を裂く
温泉で体を温め、 心も体も軽くなったラースは、
馬に跨がり街道へ向かっていた。
山の風は心地よく、 湯上がりの肌を優しく撫でる。
(……いい時間だったな)
そんな余韻に浸っていた矢先―― 西の方角で、 地面を揺らすような怒声が響いた。
「……ん?」
ラースは馬を止め、 目を細めて遠くを見つめた。
砂埃が舞い上がり、 その中で何かが激しく動いている。
(馬車……護衛……?)
次の瞬間、 ラースの背筋が冷たくなった。
砂埃の中に、 白い仮面 がいくつも揺れていた。
黒装束。 無機質な白面。 人間離れした動き。
(……あいつら)
胸の奥から、 何故だか分からないが嫌な気持ちが増してくる。
馬車は豪奢な造りで、 王族か高位貴族のものだと一目で分かる。
その周囲を、 護衛の騎士たちが必死に守っていた。
「囲まれるな! 下がれ!」
「くそっ、数が多い!」
対する仮面の集団は、 声ひとつ上げず、
ただ淡々と、 機械のように剣を振るっていた。
白い仮面が陽光を反射し、 不気味に光る。
(……護衛が押されている)
ラースは迷わなかった。
馬を走らせながら、 弓をつがえる。
(狙うのは……一番前のやつ)
呼吸を整え、 指を離す。
ヒュッ―― ドスッ!
矢は黒装束の肩口に突き刺さり、 男がよろめいた。
その一瞬の隙に、 護衛の騎士が剣を振り下ろす。
「今だ、押し返せ!」
戦況がわずかに傾いた。
だが、仮面の者たちは怯まない。
一人が、 無言のまま斧を振りかぶった。
(……馬車を狙っている!?)
ラースが叫ぶより早く、 斧が空を裂いた。
ゴッ――!
馬車の車軸に直撃し、 木が悲鳴を上げるように折れた。
次の瞬間、 馬車が急停止した。
馬が嘶き、 護衛が体勢を崩す。
「まずい……!」
ラースは馬に拍車をかけ、 戦場へ飛び込んだ。
「加勢する!」
その声は、 戦場の空気を一瞬だけ変えた。
護衛の騎士たちが振り返り、 驚きと希望の入り混じった目でラースを見る。
「お前は……!」
「助かる、頼む!」
ラースは馬から飛び降り、 弓を構えたまま走る。
仮面の者たちは、 ラースの存在に気づくと、 一斉に顔を向けた。
白い仮面が、 無数の目のようにラースを見つめる。
(……やっぱり、普通じゃない)
その無機質な視線に、 背筋がぞくりとした。
だが―― ラースは一歩も引かない。
(守るべきものがあるなら、戦うだけだ)
次の矢をつがえ、 仮面の者へ向けて走り込んだ。




