第2話 秘湯との出会い――偶然が生んだ小さな幸福
それは、魔獣駆除の帰り道だった。
西の山麓を抜ける細い獣道を進んでいた時、
ふと、白い湯気が木々の隙間から立ち上っているのが見えた。
(……煙? いや、違う)
近づくと、 硫黄のような匂いが微かに漂ってきた。
湯気の向こうには、 岩肌から湧き出す透明な湯。
小さな池のように溜まり、 湯面がゆらゆらと揺れている。
(……温泉だ)
ラースは驚きと興奮を抑えきれず、 思わず膝をついて湯に手を入れた。
温かい。 指先から腕へ、じんわりと熱が伝わる。
(気持ちいい……)
その日は装備も荷物もあったため、 足湯だけに留めた。
だが―― その短い時間だけで、 疲れが溶けていくような感覚を覚えた。
(……また来よう)
その瞬間、 ラースの中で“新しい楽しみ”が芽生えた。
それから数日後。 ラースは再び温泉を訪れた。
今度は、 斧、縄、木材、簡易工具を持って。
(まずは……獣避けだな)
温泉の周囲には、 魔獣の足跡がいくつか残っていた。
ラースは周囲の木を選び、 太い枝を切り出して柵を作り始めた。
木を削り
地面に深く打ち込み
縄で固定し
隙間を埋めるように枝を編み込む
黙々と作業するラースの顔は、 依頼中とは違う穏やかな表情だった。
(これで、夜に獣が来ても大丈夫だ)
次に取り掛かったのは、 雨除けの建屋。
山の木を使い、 簡易的な屋根と壁を作る。
木材を組み
斜めに梁を渡し
葉を重ねて雨を弾くようにし
湯船の近くに小さな棚まで作る
(……悪くない)
ラースは自分の作業を見て、 ほんの少しだけ満足げに頷いた。
数度の訪問を重ね、 ついに温泉は完成した。
柵に囲まれ、 雨除けの建屋があり、 湯船の周囲は滑らないように石を敷き詰めた。
ラースは服を脱ぎ、 ゆっくりと湯に身を沈めた。
「……ふぅ……」
湯が肩まで浸かり、 体の芯まで温まっていく。
2年間の疲れ、 戦いの緊張、 孤児院の仲間たちの成長を見守る日々。
そのすべてが、 湯の中で静かに溶けていくようだった。
(……こういう時間も、悪くないな)
湯気が立ち上り、 山の風が頬を撫でる。
鳥の声が遠くで響き、 湯面が静かに揺れる。
ラースは目を閉じ、 深く息を吸った。
(また来よう……ここは、俺の場所だ)
温泉から上がり、 装備を整え、 馬に跨がって街道へ向かう。
山の麓を抜け、 開けた道に出た時だった。
西の方角に、 砂埃が立ち上っている。
(……何だ?)
耳を澄ますと、 怒声と金属のぶつかる音が風に乗って届いた。
ラースは馬を止め、 目を凝らす。
馬車。 護衛の騎士たち。
そして――
白い仮面をつけた黒装束の集団。
(……あいつら)
胸の奥が冷たくなる。
次の瞬間、 ラースは弓をつがえていた。




