第2話 森の奥へ――静寂が“異常”へ変わる道
翌朝。
村の空気は昨日よりもわずかに軽くなっていたが、
それでもどこか張り詰めた緊張が残っていた。
ラースは馬の背を軽く叩き、 森の入口へ向かう。
(……昨日、狼が逃げていった方向とは逆。
“何かがある”としたら、こっちだ)
村長の言葉が頭に残っていた。
『無理はするな……森の奥は、何があるかわからん』
ラースは深く息を吸い、 森の影へと足を踏み入れた。
異常
朝の森は本来、 鳥の声や小動物の気配で賑やかなはずだ。
だが―― 今日は違った。
(……音が少ない)
風が木々を揺らす音だけが、 妙に大きく響く。
馬の蹄が落ち葉を踏む音が、 森全体に反響するように感じられた。
(魔獣の気配も……薄い)
昨日まであれほど多かった魔獣が、 まるで姿を消したかのようだ。
ラースは馬を降り、 手綱を引きながら慎重に進む。
(……これは“静けさ”じゃない。
“何かが押しつぶした後”の静けさだ)
1刻、 そして2刻。
ラースは森の奥へ進み続けたが、 魔獣どころか、 虫の羽音すら聞こえない。
(……本当に何もいない)
森の奥へ行けば行くほど、 空気が重く、冷たくなっていく。
木々の間を抜ける風が、 まるで湿った布のように肌にまとわりつく。
(この感じ……前にも……)
ラースの脳裏に、 牙熊と遭遇した時の“嫌な気配”がよぎった。
(……似ている。何かが“森の流れ”を乱している)
さらに進んだ先で、 ラースは足を止めた。
(……あれは)
木々の間に、 ぽっかりと“穴”が開いていた。
洞窟―― だが、その形が不自然だった。
木の根が裂けたような形
周囲の地面だけが妙に乾いている
まるで“後から貼り付けた”ような違和感
(……こんな場所に洞窟なんて、地図にはなかった)
ラースは周囲を警戒しながら近づく。
洞窟の入口は、 黒い口を開けてこちらを見ているようだった。
(……ここだ)
狼が怯えて逃げた理由。 魔獣が増えた理由。 森の空気が乱れている理由。
すべて、この先にある。
ラースは洞窟の前で馬を休ませ、 周囲の木に目印をつけた。
木の幹にナイフで刻み
帰り道が分かるように
そして、洞窟へ入る旨を書き残す
(……もし戻れなくなっても、
村の人がここを見つけられるように)
慎重に、 確実に。
ラースは深く息を吸い、 洞窟の入口を見つめた。
(行くしかない)
松明を取り出し、 火打石で火をつける。
炎が揺れ、 洞窟の闇がわずかに後退した。
ラースは一歩、 また一歩と足を踏み入れた。
その瞬間―― 外の音が、完全に消えた。
(……やっぱり、普通じゃない)
洞窟の奥から、 冷たい風が吹き抜ける。
ラースは松明を掲げ、 闇の中へと進んでいった。




