第1話 村への帰還――静けさの中に潜む不安
森林狼の群れを仕留め、 森の空気がわずかに軽くなったように感じた頃。
ラースは馬の手綱を引き、 ゆっくりと村へ戻り始めた。
土塀の向こうからは、 昨日と同じ静けさが漂っている。
(……まだ、村の空気は重いままだな)
門番がラースの姿に気づき、 慌てて扉を開けた。
「戻ったのか、ラース殿! どうだった……?」
ラースは馬の後ろに括りつけた狼の死体を示した。
「村の周囲で出没していた魔獣は、ひとまず片付きました」
門番は目を見開き、 安堵の息を漏らした。
「そ、そんなに……!ともかく、村長のところへ行ってくれ!」
村長宅の扉を叩くと、 昨日と同じ、疲れた声が返ってきた。
「……入ってくれ」
ラースが成果を報告すると、 村長は椅子から立ち上がり、 深く頭を下げた。
「これほどの数を……! 本当に助かった……!」
その声には、 心の底からの安堵が滲んでいた。
だが―― ラースが続けて口を開くと、 村長の表情は一変する。
「……帰り道で、1匹の森林狼を見ました。
群れからはぐれたようでしたが……
怯えながら、森の奥へ逃げていきました」
村長の顔が固まった。
「怯えて……? 狼が……?」
「はい。まるで、何かから逃げているようでした」
村長は机に手をつき、 しばらく黙り込んだ。
「……そんなことは、今まで一度もなかった。
狼が怯えるなど……
どうすればいいのか、わからん……」
声は震え、 困惑と恐怖が混ざっていた。
(……やはり、村長も気づいている。“何かがおかしい”と)
ラースは静かに言った。
「今日はこれで休みます。
明日、森の奥を調べてみます」
村長は驚いたように顔を上げた。
「そ、そこまでしてくれるのか……!
だが、無理はするな。
森の奥は……何があるかわからん」
ラースは軽く頷いた。
「分かっています。
慎重に行きます」
村長は深く息を吐き、 震える声で言った。
「……ありがとう。
本当に……ありがとう」
村長宅を出たラースは、 村の中を歩きながら空を見上げた。
雲が薄く流れ、 星がかすかに瞬いている。
(……狼の怯え方。
あれは、ただの魔獣の反応じゃない)
馬の世話をし、 矢の状態を確認し、 松明と火打石を新しく準備する。
(明日は、森の奥へ……)
寝床に横になった瞬間、 疲れがどっと押し寄せた。
だが、 瞼を閉じる直前―― ラースの脳裏に、 怯えた狼の目が浮かんだ。
(……何があるんだ)
その疑問を胸に抱えたまま、 ラースは静かに眠りへ落ちていった。
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