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白、大海を割る  作者: 8D
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9/9

最終話 白、大海を割る

 最終話です。

 エミーヌが王に暇を願い出た二日後。


 彼女はカルースの王城を前にしていた。


 白い鎧を着込み、背中に四本の戦斧を背負った姿に、城門を守る二人の衛兵は槍を構えた。

 そんな事に構わず、エミーヌは城門へと近付いていく。


「止まれ!」


 制止の声。

 しかし歩みは止めず……。


 二人の衛兵達は槍をエミーヌへ突き出した。


 エミーヌは軽くかわして突き出された槍の一方を掴むと、引き寄せて一人を殴りつけた。

 殴り倒された衛兵は槍を手放し、主人のいなくなった槍をそのまま振った。

 柄の部分で、もう一人の衛兵を殴りつける。


 瞬く間に衛兵二人を制圧したエミーヌは、槍を投げ捨てて衛兵の一人の胸ぐらを掴む。


「エリオット・バルトランはどこにいる?」

「わ、わからない……。聞かされてない……」

「なら用はない」


 エミーヌは衛兵の身体を地面に打ちつけた。


 大きな城門の隣。

 一般の人間が出入りするドアを蹴破り、中へ押し入った。


「何事だ!」

「貴様! エミーヌ・キャラダインか!」


 侵入者に気付いた城内の警備兵達が、エミーヌに殺到する。

 その数は十を超える。


「なんとも名の知れ事だ。しかし、居場所を聞くには少し多いな」


 エミーヌは言うと、戦斧を一本手に取った。


「しかし、喋る口は一つで十分だ」


 そう言って、戦斧を衛兵達へ突きつけた。




 エミーヌが城へ乗り込んできた事は、速やかにカルース王へと伝えられた。


「あのエミーヌ・キャラダインが? 何故奴がここにいるのだ?」

「はっ。どうやら、エリオット様を探しておいでのようです」

「エリオットだと? 奴を助けるためだけにここへ乗り込んだのか? まぁいい。すぐに捕らえよ!」

「ですが……」


 伝令の兵士は言い淀む。


「何だ?」

「エミーヌはあまりにも強く、手が出せません。今も多くの兵士が挑んでいますが、戦斧の餌食となるばかりです」


 カルース王は顔を顰めて唸った。


「城に軍を召集せよ。エリオットの元へ辿り着く前に、奴を止めるのだ!」

「お待ちください」


 カルース王の命に、異を唱える声が上がった。

 発言したのは、側近のテリオスである。


「何だ?」

「無理に城へ人を集めるべきではないと思います」

「何故だ?」

「城内では、投入できる兵士の数にも限りがあります。それに、場合によっては陛下の身に危険が及ぶかもしれません」

「では、黙ってエリオットを渡してしまえと?」

「はい。その方が良いでしょう」

「我が城で好き放題した者をそのまま帰せと言うのか?」


 カルース王は玉座より立ち上がると、怒気を孕んだ声でテリオスに言った。

 テリオスはそれを平然とした態度で受け止め、言葉を返す。


「いいえ、帰せとは言いません。ただ、城から出してしまえと言うのです。エミーヌが城を出て行く場所はメロードに相違ありません。なら、その行く先に陣を敷いて待ち受ければ良いのです」

「……なるほど。それもそうだ。それならば、多くの兵士を奴に当てる事ができる」


 カルース王は玉座に座り直し、思案する。


 確かに、城内で戦うより外の平地で戦った方が兵を多く当たらせる事ができるだろう。


「いいだろう。では、そのように致せ」

「承知しました」




 多くの兵士を倒し、エミーヌはその一人から地下牢の場所を知った。

 エリオットはそこにいるという。


 足を踏み入れたそこは、昼間だというのに日の光が一切届かない場所だった。


 エリオットはここにいるのか。

 このような暗い場所に、囚われているというのか。


 そう思えば、憤りを覚えた。

 その憤りは歩む足に力を込めさせ、高く石畳を鳴らした。


 そして……。

 エミーヌはエリオットを見つけた。


 牢獄の中、彼は目を閉じて静かに座していた。

 その手足はエミーヌの知る時よりもやつれていて、元々小さかった身体をさらに小さく見せた。


 この二年、何があったのかはわからない。

 ただ、きっと苦労したのだろう。

 その姿はエミーヌの知らぬ二年の苦労が形となり、細った身体に現れているように思えた。


 それを見ると哀れさを覚え、そしてそれは心配に変わった。


「エリオット……」


 呼ぶ声に、エリオットは顔を上げた。


「これは……どういう事ですか?」


 彼の顔は、素直な驚きを映していた。


「ああ、たとえこれが夢だったとしても嬉しい……」

「夢じゃない。助けに来たんだ!」


 言うと、エミーヌは牢の鍵を戦斧で打ち壊した。

 扉を蹴破り、エミーヌは牢の中へ入った。

 座るエリオットに、手を差し伸べた。


 エリオットは遠慮がちに、その手を握る。


 その時に実感する。

 確かにこれは、夢じゃないのだと。


「一人で、ここまで?」

「そうだ」

「どうして、そんな危険を侵してまで私を……?」

「助けたいと思った」


 危険に見合う動機ではない。

 そう思えた。


 しかし同時に、彼女らしい答えだとも思えた。


「ありがとう、ございます」


 エリオットは、微笑んだ。


「出よう。ここから」


 エミーヌはそう言って、エリオットの身体を引き上げた。


 城の外へエリオットを連れ出す。

 無事に出られた事に安堵しつつ、少しの違和感を覚えた。


「妙な話だ。来る時に比べて、兵の抵抗があまりにも少なかった」

「それは、外で待ちうけているからでしょう。城内の限られた空間で戦うよりも、平野において大多数の兵で当たる方が有利と考えたのでしょう」

「なるほど。では、それを避けて通ればいいか?」

「いえ、避けて通れる場所には罠を仕掛けているでしょう」


 テリオスは抜け目のない男だ。

 それだけの策を弄していてもおかしくない。


「では、正面から行こう」


 エミーヌは口笛を吹いた。

 近くの草むらに隠れさせていた愛馬が、その口笛で駆け寄ってくる。

 馬の鞍には、左右に二本ずつ戦斧が括られていた。


 エミーヌは馬に乗ると、その後ろにエリオットを乗せた。

 しかし囚人生活によって弱ったエリオットでは、振り落とされてしまうかもしれない。

 そう思ったエミーヌは、エリオットを背負う形で互いの胴を縄で結んだ。


「どうせ敵は前にしかいない。そこには絶対に、刃を通させない」

「はい」

「行くぞ」


 言うと、エミーヌは馬を走らせた。


 その道程はあまりにも危険に満ちているだろう。

 本来なら、彼女をそのような危険へ進ませたくはない。

 しかし、どう進もうと危険な道である事に違いは無いのだ。


 だから、エリオットは何も言えなかった。


 今の自分に、彼女を導く策は無い。

 あまりにも無力な今の自分にできる事は、せめてどのような事になっても彼女のそばにいる事だけ。

 運命を共にする事だけである。


 エミーヌが王都の外に出ると、そこには多くのカルース兵達が陣を敷いていた。

 それは一人の武人と対するにしては、あまりにも過剰な物だった。

 その陣容はさながら海のように、見渡す限りに広く……


 エミーヌは、前にも同じような光景を見た。

 ファラオン平原での事だ。


 あの時は部下達も一緒だったが、今はたった一人でこれを切り開かなければならない。


 今からこれを割り、押し通らなければならないか。

 死ぬかも知れぬな。


「エリオット殿。助けに来たと大言を吐いたが、それも叶わぬかもしれない。そうなれば申し訳ないな」

「いいえ。あなたが助けに来てくれた。それだけで、私は胸がいっぱいです。これ以上、望むべくもなく」

「だが、諦めるわけではない。ただ、これが最後になるかもしれないから、言っておきたい事があっただけだ」

「何ですか?」


 エリオットに問い返されると、エミーヌは振り返った。


「国を発つ前に気付いた。どうやら私は、お前を好いているらしい」

「え?」

「だから、ここを切り抜けたならその暁には、私の夫になれ」


 エリオットは、思わぬ事に言葉を失った。


「嫌か?」


 エミーヌは問う。

 それに、エリオットは笑みを返した。


「いいえ。私も、あなたが好きです。その申し出、喜んでお受けします」

「はははっ! やはり、ここで死ぬわけにはいかないな!」


 エミーヌは大笑すると、左に持っていた手綱を放した。

 代わりに、背の戦斧を一振り握る。


 戦斧を両手に握ると、あぶみだけで馬を操り、走らせた。


 向かい来るエミーヌ対し、カルースの軍勢は戦術士による魔法で迎撃する。


「魔法は私が防ぎます」

「無理はするな」

「これくらいなら……!」


 陣の両脇に配された戦術士の部隊が火球を放つ。

 エミーヌの近くに着弾する火球。


 炎の熱気と直撃する火球から、エリオットの防御魔法がエミーヌを守る。


 火球の雨が止むと、待っていたのは一人の将である。

 騎馬に乗ったその将は、アルマンドであった。


 彼は一度、エミーヌの猛攻を押し留めた実績がある。

 対エミーヌの切り札として、彼は一番先頭に配されていたのだ。


 彼は兵士達の前にいた。


「貴様か!」

「来い!」


 エミーヌの戦斧とアルマンドの槍が交差する。

 互いに振った得物の柄が、ぶつかり合った。


 エミーヌは力を込めて押し返そうとするが、それはできなかった。


 やはり、この男はやっかいだ。

 易々と通してはもらえない。


 しかしここで足止めを食らえば、包囲されてしまう……。


「正直に言えば不本意だ」


 エミーヌが密かに焦りを覚えていると、アルマンドが囁いた。


「だが、友を救うためだ。俺もまた、貴様の『形』となってやろう」


 そう言うと、アルマンドはあえて退いた。

 さながら、力で押し負けたかのように。

 そして、崩した体勢のまま強引に槍を振るってきた。


 その姿はあまりにも隙だらけであり……。


 エミーヌはアルマンドの考えを察した。


 戦斧を振るい、アルマンドの胸を打った。

 刃が鉄の鎧を破り、中の鎖帷子くさりかたびらすら切り裂いて肉に食い込んだ。


 その衝撃を受けて、アルマンドは落馬。

 傷口から血を噴き出させた。


「アルマンド将軍!」

「アルマンド将軍が敗れた!」

「馬鹿な!」


 アルマンドが倒され、周囲にいた兵士達から戸惑う声が上がった。


「次は誰だ!」


 兵達の混乱が冷めぬ内に、エミーヌは声を張り上げた。

 馬を走らせる。


「手加減はした。あれなら、回復魔法ですぐに治せるだろう」

「はい。ありがとうございます」


 エリオットはエミーヌに言う。

 そして、心の中でアルマンドに礼を言う。


 アルマンドは対エミーヌのためにいたのだろうと、エリオットは察していた。

 それが容易く破れた今、その事実は兵士達を怖気させる。


 そのエミーヌへの恐怖心を植え付ける。

 それだけのために、アルマンドはあえて負けたのだ。


 彼にとってこれは汚名に違いない。

 それを被ってまで、彼はエリオットを助ける道を選んだのだ。


 感謝してもし切れなかった。


 彼のおかげで、ここから生き残れる可能性も高くなったのだ。


「さぁ、道を開けろ! 開けねばこじ開けるのみぞ!」


 エミーヌは叫び、両手の戦斧を高く振り上げた。




 どれだけの時間を経ただろうか。

 馬を走らせようとも容易に突破できず、何度も足を止めながら、エミーヌは戦斧を振るい続けた。

 どれだけ足を止められようと、傷つけられようと、彼女は戦意を失わず戦い、走り続けた。


 力任せに振り続けられた戦斧は折れ、汗に滑って手放し、最後の二振りになった頃、その刃は軍勢の最後部へと達しようとしていた。


 そこには、軍勢を指揮するテリオスの姿があった。

 軍馬に跨ったテリオスに、怯えはなかった。

 まっすぐに、向かってくるエミーヌを睨み据える。


「どけぇ!」


 上段から、戦斧を振り下ろす。

 それをテリオスは剣で受け止めた。


 完全に一撃を防いだテリオスだったが、その威力を御し切る事はできなかった。


 騎乗していた馬が足を折り、テリオスはその拍子に落馬する。


 それを確認する事もなく、エミーヌは通り過ぎる。


 そして、彼女の前にいる最後の兵士がその迫力に腰を抜かすと、その上を跳び越えて走り去っていった。


 エミーヌの駆る馬は死地を脱し、何者も阻むものがない駆けていく。

 その後姿が、みるみる内に小さくなっていく。


「テリオス様。どうしましょう? 追いますか?」


 そばにいた兵士がテリオスに訊ねる。


「いえ、やめておきましょう」

「わかりました」


 兵士に答えると、離れていくエミーヌの背を見やった。


「噂に偽りなし、か。『形』だけではない。やはり、あれは敵に回すべきではないな」


 それがわかっただけでもよしとしよう。

 我が主に対して、良い報告ができそうだ。

 テリオスは、心の中だけでほくそ笑んだ。


 一方、軍勢を抜けたエミーヌは……。


「抜けたか……」


 軍勢が追ってこない事を確認して、

 息を切らせながら、呟いた。


「エリオット」


 振り返って名を呼ぶ。


「はい」


 返事があって、エミーヌは安堵する。


「無事か……。怪我は?」

「ありませんよ。驚くほどに無傷です」

「よかった……」


 エミーヌの緊迫に固まっていた表情が、笑みに和らぐ。


「エミーヌ殿は?」


 エリオットに訊ね返される。


「かすり傷程度だ」

「手当をしないと」

「あとでいい。もっと進んだ先で」

「そうですね」


 言葉がそこで途切れ、馬の歩む音だけが鼓膜に響く。


「本当に、抜けられるとはな……。やれるもんだな」

「ええ。本当に。私も、無理だと思っていました」

「こいつめ。無理だったら、生きてはいないと言うのに」

「それでもいいと思ったんですよ。あなたと二人なら」


 そう言われると、エミーヌは黙り込んだ。

 その言葉に、不思議な嬉しさを覚えた。


「きっとできたのは……」


 そこでエミーヌは言葉を切る。

 そして、別の事を訊ねた。


「なぁ、あれは本気にしていいのか?」

「あれ?」

「夫になれという話だ」

「それは勿論。私も、そうなりたいと思っていましたから」

「そうか」


 自分が生き抜けたのは、きっとエリオットのおかげだ。

 絶対に助けたいと思った。

 それは、彼を愛しいと思ったからだ。


 でもそれだけじゃない。

 生き抜いた先には、彼と二人で歩む人生が待っていると信じたからだ。


 それがこれから叶うと思えば、力が抜けそうだ。


 エミーヌは、手綱をエリオットに渡した。


「少し疲れた。しばらく目を閉じるから、馬の手綱を頼む」

「危なくないですか?」

「落ちるようなへまはしない」

「わかりました」


 カポカポとなる馬蹄の音を聞きながら、エミーヌは目を閉じる。

 信頼できる者に手綱を預け、休むのは殊の外心地の良い事だった。




 エリオットを救い出した彼女を待ち受けていたのは、数万からなるカルースの軍勢だった。

 その軍勢はさながら海のようだったと、彼女は後に語ったという。


 その途方もない軍勢を相手にした彼女は見事にそれを突き破り、メロードへと帰り着いた。

 そして優秀な軍師にして夫となる男を王へと紹介した。


 愛する者を救うため……。

 白い鎧の単騎は、兵の大海を割ったのである。

 本当はもっと淡泊な終わり方だったのですが、なんか味気なかったので少しだけ二人の会話を追加しました。

 即席だったので少し不安です。

 上手く書けていると良いのですが……。

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