地表編 17話
「堕としておいて帰る? 会って早々適当な詭弁を並べ、それらしい言葉で誑かそうとしないで、気持ち悪い」
「そんなに警戒しなくっても大丈夫だから安心して、本当に連れ戻しにきただけなの」
未だ反抗的なカナリアの様子に、マリアは困ったと頬に手を当てて呟く。
「貴方はそうでもお連れの皆様はやる気満々のように見えますが……私の気のせいでしょうか?」
カナリアのその言葉にすぐさま上を見上げるマリアは、意思のない目を途端に血走らせて真上まで進行していた天使の軍隊を威圧する。
「おい。ここにイデルバがいない意味、分かってるよな?」
感情のない殺気。天使の軍隊は指示に従い、持っている弓矢を頭の輪に戻して不服そうに攻撃の意思がないことを示した。
「ごめんねカナリア。でも信じて、私には、本当に戦う気はないの、お願い、本当よ!」
深々とお辞儀するマリアが嘘をついているようにも見えないし、実際に天使達が武器を下ろした時点で会話の余地は十分にあるだろう。
流石にこれだけの軍隊が全員武器を下ろしたのだ、今の天使に戦闘の意思がないのは明白。 会話で解決するならそれが最良だとカナリアも手に持っていた杖を少しだけ下ろして警戒を緩める。
「……その様ですね。それで? 二十一年間も散々地上に放置しておいて今更迎えに来たなんて言葉を信じろと、どの口が仰っているのでしょうか?」
極力丁寧な口調を意識しつつ、未だ信用のならない天使を勘繰るように嫌味ったらしくカナリアは語気を強めて言葉を返す。
「当然の反応ね。今まで放置していたのは故意ではなく仕方がなかったの」
「仕方がなかった?」
「そうよ。キルケは天敵、近寄れなった。それにあなたは二十一年と言ったけれど天界ではまだ三年しか経っていないわ」
ペラペラと包み隠す事なく話し始めるマリアから聞かされる天界と地上の相違点に耳を傾けつつ、マリアからやたらと出る名前にカナリアはマリアを睨みつける。
「なぜ、キルケを知っているのですか?」
「……? なぜって、天洞から堕天したアンリユを見ていたからよ? 彼女と共に冒険をしていたキルケのことはアンリユ以上に知ってるわ。そして」
優越に浸った冷めた声で彼女は唇に指を添わせる。
「あの日、この森に堕とすタイミングを選んだのは私だもの。 イデルバにバレずにヴェゼルナに信号も送った、私は……絶対に、ゆるなさないもの」
さも当たり前のように頬を染めてマリアが語ってる内容に、カナリアははらわたが煮えくり返りながらも必死に感情を押し殺し、沈黙を続ける。
「まぁそんな事は今はどうだっていいの。それよりも、ね? 天界でカナリアの家族が待ってるから帰ろ? イデルバも貴方を堕天させた事を悔やんでいるし、”みんな”カナリアを”待ってーー」
小石をかみつぶしたような音を奥歯で鳴らす。
「どうでもよくない!!!! どうでもいいはずないでしょ!! なんで私を助けにきておいてアンリユを、、お母さんを助けてくれなかったの!!」
「違うの! 話を……」
「なんで私を思うなら堕天させたの?? なんで!! 私の幸せを願うみたいな言い方するなら!! なんで過去の私を大事にしてくれなかったのよ!!」
混ざり合うような激情に駆り立てられて悲憤慷慨したカナリアから放たれた精一杯の声。
絶望に塗れたマリアはあ頭を抱えて声を失う。
「違うの。 私は……私は、私は私は私は私は私は私は私は私は」
首を振るマリアなど気にも留めず、涙を頬に伝わせるカナリアは、魔素を蓄積し続けていた杖から魔力を解放して最大級の魔法陣を展開。
そんな異常事態など気にもとめず、空で待機していた天使は腹を抱えて指をさす。
「あヒャヒャ。 おいマリア、もう無理なんじゃねーのか?」
「早くしてくれよ!! 所詮はあのカナリアなんだからさ!!」
一人の馬鹿が声を上げて笑い出すと、上空で群れる天使たちは規律も何もない様子で腹を抱えて談笑を始めた。
慢心に浸る天使達は地上の方が時間の流れが速いその本質を理解していなかった。
自身たちの方が優位だという誤認。
それは一重に見下ろすばかりの神格人種は下等だという考えが根底があったから。
だからこそ天使はカナリアを侮ってしまった。
きっと少しでもカナリアという少女の人間性を知っていれば天使の運命は少しは変わっていたのかもしれない。
だが――もう、遅い。
キルケから受け継がれた意思。 終わりに触れたから始まる覚悟が覚悟が瞳に灯る。
「私の大切なものを奪うなら、全身全霊を持って――抵抗する」
この時、マリアですら油断していた。
「まさか――そんな」
カナリアは記憶が消えようと、その本質は変わっていない。
彼女は大切の人の為なら。
――全てを捨てる天才だ――




