地表編 16話
不意打ちで何体か撃墜し、弓矢を構える天使の注意を全て自分に引き付けてから大樹への意識を逸らさせる。
「おい、後ろだ!! 後ろに逃げたぞ!!」
カナリアの動きに当惑する天使軍の隙間を突き抜け、カナリアは更に遠方へと加速する。
「どんな速さだよ!?」
「追いかけるぞ! この距離からじゃ仕留められねぇ」
想定通り、一斉にカナリア目掛けて移動を開始する天使。
「――やはり目的は私か」
多勢に無勢。 無謀なのは重々承知しているが、それでも天使を家に近づかせてはならないと思った。
大樹から十kmほど離れた見晴らしの良い丘の上、ひらりと舞い上がる芝生へとゆっくりとカナリアは下降した。
緊張した鼓動を落ち着かせるために少し深呼吸をして、未だこちらへと直進している天使を見上げてカナリアは魔術を空に展開。
魔術式からカナリアは数千の弓矢を生成し、躊躇うことなく射撃を開始する。
撃ち落とすことはこの際どうでもいい。
今すべきは彼らが射撃をしてくる距離と時間を逆算し、念の為、大樹周辺にセーフティとして仕込んでおいた魔障壁を気づかれずに発動する事。
杖を通して、地面の地脈を辿り、限定的ではあるが大樹へと魔素を張り巡らせる。
「これで一時は保つはず……」
隠蔽とまではいかなかった。
しかし、現段階でも凡そ軽い魔術程度なら大樹には傷一つ付かないだろう。
カナリアが小さな安堵を溢したその時、真後ろから懐かしい声が聞こえて振り返る。
「魔術が使えるなんて……成長したわね。 カナリア」
全く気配すら感じ取れなかった幼い天使の声。全身の毛穴という毛穴が開き、カナリアは急いで距離を取って臨戦態勢をとる。
「あなた、いつからそこに?」
一人だけ異様な速さで間合いに入っていた仮面の天使は存在感もなく、異質そのものだった。
若干の冷静さを失っていたカナリアですら目の前の天使が他とは違うのだと肌で感じ、息を飲む。
――柔和な表情で両手を伸ばす癖に一切の隙がない。キルケと命をかけた訓練をしてきたから言える。
目の前の天使は格上なんてレベルじゃない、きっと生きてる世界が、次元が違う。
深呼吸と同時に息を殺し、カナリアはゆっくりと退避を視野において踵に重心を移す。
「いつからって、久しぶりの再会なのに他人行儀で傷つくじゃない」
杖を両手で強く握りしめ、魔力を杖に充填するカナリアに対し、恐れる事なく天使はゆっくりと近づき、つけていた仮面を外すとその素顔を見せる。
幼さの残る童顔、美しく透き通ったブロンズ髪。
開いた瞼の内側にあるうっとりとした琥珀色の瞳をカナリアの魂は確かに知っていた。
――あ、記憶を失って初めて会話をした天使とよく似ている。
「……誰? もしかして、昔会った?」
「……そっか、あれからストレージナイフは使ってないのか。 わざわざここに落としたのに、本当にキルケは期待を裏切るばかりね」
呆れた顔でキルケを語る天使に、カナリアの殺気が途端に消えて肩が落ちる。
「カナリアは悪くないの、覚えてなくって当然。 私はマリア、あなたの祖母、家族よ」
少しだけ口元を緩めていたマリアは会話の途中に突然口角を下げ、事務的な自己紹介を行い。
それに反して、カナリアは酷く醜い笑顔で高笑いをしてマリアに見せつける。
「マリア? ごめんなさい、私はあなたを知らない。私の家族はキルケだけだから……気安く血縁を名乗らないでください。 不快です」
「それはキルケに刷り込まれた天使に対する対応かしら? 恥ずかしいからやめなさい?」
「恥ずかしい? 私たち地表の生き物から奪わないと生きていけない下等生物には適当でしょ?」
ヘラヘラと笑うカナリアに、マリアは眼をギラつかせてから何も考えていない様な気持ちの悪い微笑みを向ける。
「そう、ね。 それはカナリアが天界を知らない、一方的な情報でしか判断できない子供だから仕方ないの。 だからこれから知っていけばいい。 さ、カナリア。帰りましょ」
伸ばした手のひらを人差し指からゆっくりと広げて耳心地のいい言葉を並べて天界へと誘うマリア。
裏表のない本心。
それがわかるから余計にカナリアは握っている杖を鈍く軋ませ、鉛のように重い息を吐く。
「帰る?」
眉をぴくつかせて警戒を高めるカナリアの目には、どうにもマリアの差し伸べる言葉の意味が腑に落ちなかった。




