地表編 7話
「カナ! 戻ってきな!! とりあえず、科学と色彩については一旦忘れろ。 ね? それでだ。魔法とはなんなのか、だが。惑星が自壊してから生まれた力らしい」
「惑星が自壊? 自壊って自分で壊れたってことですか?」
「飽くまで言い伝えさ。 自壊したのか、破壊されたのか、詳細は分からないがどちらにせよ。私たちのいる星は数億年も前までは科学の栄える球体だった。 そして色彩時代を経て、とある戦争によって星は崩壊し、大陸はマントルと呼ばれる惑星の中核を恒星として、アルサイラ大陸のような地表が魔法によって形を保った」
自分たちが住まう大地の成り立ちを説明するキルケはすっと人差し指を空へ向け、カナリアも真上を見上げる。
「宙を回る大地の環、スクリューする大陸。 私たちのいる世界をカウルはこういった。 星の終着地点。 小惑星帯と」
「星の終着地点?」
今も太陽に向かって左右から延びる星の環、それがなんなのか、今まで気にもとめなかった。
「つまり色彩時代で星は終わるはずだったのに、魔法で何とか保たれてるって感じですか?」
「さすが、カナは聡いね。……曰く星の自壊は生命を守る為、星は魔女に依存し、世界の概念は小惑星帯を筒状に覆った空気層によって保たれている」
やっと教えられることがさぞ嬉しいのか。少し口角を上げたキルケが持っていた杖を軽く回して炎を見せる。
「その空気層こそが魔素だ。これが魔法の起源、後に魔術へと応用される物質さ」
「なんか分かるような……分からないようなぁ?」
「ピント来てない感じだね。 そうさねぇ、折角だから少し実演でもしてやろうじゃないか」
近くに落ちていた桜の枝を拾って地面にふたつの大きな数を表す文字を描いた。
片方には小中大複数の数字を五、四、二、八、一の順で並べて囲うように回路が組み上げる。
「カナ、ここに書かれている数字が何かはわかるよね」
持っている枝でキルケが地面を叩いた。それは現在計算をする際などに普及している数字ではない。
古代文字だ。
「これは……どちらも数字の二、ですね。 片方はいろんな数字に囲まれてますけど……」
「正解、満点だ。 カナの言う通りこれはどちらも古代文字で描かれた二という数字だ。違うのは片方が魔法であり片方が魔術ということ。まずは魔術から行くか」
微笑んだキルケが手に持っていた木の枝を地面に置き、複数の数字が書かれた回路の上に手をかざす。
深く息を吐き、キルケが意識を集中させると突如として魔法陣が光り出し、水の玉が構築される。
「これは、水? ですか?」
「そ、魔術で構築した硬化させた水硬球だ。 見るだけじゃわからないだろうから取り敢えず触ってごらん」
キルケの指示に従って、宙に生成された二十一センチ程の水の玉の下にカナリアは恐る恐る手を伸ばす。
「うわっ」
水だと思って軽く手を伸ばした指先が触れたのは、瑞々しく柔らかな見た目をした石のように硬い水だった。
「凄い、個体の水っていうか。 水の形をした石って感じですね」
「面白いだろ? 一から九の数字にはそれぞれに属性と特性があってこれを組織として組み合わせたものが魔術なのさ」
自慢げに話すキルケは先ほど五、四、二、八、一で組み上げ、発動させた魔術式を指さす。
「例えばこの魔法陣、今回は二の水属性を基準に五の発動。四の固定、二の連結、八の強化、そして最後の一が実行の役割を担っている。 今日はこれだけ覚えれば御の字さね」
「え?なんですかこれ、めちゃくちゃ難しいじゃないですか……」
「そりゃこの世界で使える人間は極限られているからね。それぞれの特性と属性を理解し、実行できるように構築をしなければいけないのは言うは易し、やれば狂気さね。 ちなみにだがアンリユは私と出会った時点で使えていたよ」
「え? その人何者ですか?」
「さぁ?なんか記憶はないけど魔術は覚えてるってやたらと懐かしそうに使っていたね。 カナも同じ天使なら案外体が覚えていて直感でできるかもね」
「いえ、全く直感はないです。 そもそもそんな衝動、この六年で一度もありませんでしたよ」
口を曲げるカナリアを杖で軽くポンと叩く。
「飽くまで目指す存在だ。 カナがアンリユになる必要はないんだからね?」
「――うん」
「分かったならいい。 話は戻すが魔術ってのは魔素を魔力ってエネルギーに変換するから安全性は抜群なんだが出力は弱い、魔法に関しては魔素をそのまま扱うから……ちょっと離れてな」
「え? はい」
言われた通りにカナリアは小走りで少しだけ距離を取る。
「このぐらいでいいですか?」
「あぁ。 そこから動くなよ」
キルケはカナリアの安全を確認してから地面に置いていた枝を再度拾い、枝の先を数字が一文字しか描かれていない地面に向けて詠唱を開始する。
空気と大地が揺れ始め、身体が異常な発汗を始める。
「なに……これ?」
最初は振動だと思っていたカナリアもそれが揺れでなく世界の歪だとすぐに理解する。
概念への干渉、生きてる三次元ではこの事象の説明は不可能だろう。
「九つの起源よ。 天地の構築と崩壊を司り、開闢の朝を指し示せ、セカンド・オリジン」
魔法の理論も本質も何も知らないカナリアですら、これが異常なんだと直感してしまうほどの恐怖。
キルケの持つ枝の先から生じる空間の歪は異質で。
それを行使し続ければいずれ時空、或いはこの宇宙の存在ありかたを根底から書き換えてしまうと悟る程だった。
三秒間の詠唱が終わるとねじ曲がっていた世界は何事もなかったかのようにピタリと収束し、キルケの持っていた枝の先からたった一滴の雫が朝露の如く垂れ落ちた。
ピタリ。
白く宝石のような輝きを放つ魔素。
吸い込まれるように地面の数字と重なる。
瞬刻、数字が激しく発光して巨大な水柱が雲を突き抜けた。 天に穴を、昼間に夜が顔を覗かせる。
カナリアは直感した。
これはきっと――触ってはならない領域。 罪だと。
足が竦む。腰が抜ける。喉から音が消える。
「神秘という名の世界創生。この世界の神は竜王やヴェルゼナのように個を確立させたものもいれば存在を融合、分散させ、個体ではなく気体や物体などの物質へと姿を変えている者も存在する」
崩れる水柱。あたり一帯の豪雨に呑まれながら地面に倒れたカナリアを見下ろすキルケは初めて出会った日のような冷めた目をしていた。
「これら物質と成った神を精霊、その集合体を精霊王と呼ぶ。 魔法とはつまり擬似精霊王による世界干渉、若しくは形ある神によって世界に確定した概念」
「つまり魔素って……」
「ああ。つまるところ、神だ」




