地表編 6話
「端的に言えば責任ってのは自己防衛なんだ。 そしてお前さんが結果を憂いているならそれは時間の無駄ってやつさ」
「なら、どうすればいいの?」
「すべきは過去を踏まえ、いずれ起こる結果ではなくそこに至る過程と分岐を模索して準備することさ」
話が広がり過ぎたと呟くキルケの話は理解が出来ても実行が難しい内容で、いつもの様に独特で真っ当な価値観を軽々と話すのだから本当に質が悪い。
結果という確定された物事を理解し、可能性に繋がる対策と新たな結果の提示。
「そんなのまるで魔術じゃないですか」
その一言にキルケは突然立ち止まり、カナリアの顔を覗き込みほくそ笑んだ。
「嗚呼、その通り。 あれだ、散歩じゃ味気ないし……いい機会だから少し魔法と魔術の授業をしようじゃないか」
話す内容が新緑と生暖かい風が吹く晴天には重々しく、辛気臭いカナリアの話に嫌気がさしてキルケが手を叩く。
「今日はすんなり外に出てくれたと思いましたが……元から授業するつもりだったからですか?」
「え? いや? まさか? それより此処じゃ危ないからあっちの水辺に行こうか」
カナリアの疑問を当然の様に否定すると、キルケは魔術を行使して、空気を蹴り、あっという間に桜並木がある土手の下に降りる。
「もう若く無いんだからそんなに急がないでください! 何かあったらどうするんですか!!」
軽々と宙を飛んで土手の下に降りたキルケに、カナリアが息を切らして走りながら注意する。
「お前さんに心配されるほど私はまだ老いて無いよ」
「姿見を持ってきましょうか?」
「な!! お前!! な!!」
自分の歳に実感が湧いてないのは問題だと即座に家の方へと向かおうとするカナリアに、激しく嫌がるキルケはカナリアの手を引っ張り行動を阻害する。
心配と激昂、同じ怒りなのに全く違う温度差。
「いや、これ以上無理をされると困ります! 肉体の老いについて理解されるまで鏡でご自分の姿を見て頂き、その上で人の肉体構造の本で説明を……!!」
「いいから!! 私の事は私が一番わかってるから!! 余計な事はするな!!」
「余計か余計じゃないかを本人が理解してないから問題視しているんです!」
言い合いをしてから間もなくすれば、いつもの様にキルケの熱が先に下がって「悪かった、気をつける、もうしない」と適当な言葉を並べてカナリアを説得した。
「それでカナリア。 話を戻すが魔法と魔術の違いは理解してるかね?」
魔法と魔術の会得。 それはキルケに保護された六年前の夜に交わした約束の一つであり、カナリアの抜本的な生活常識の欠如が原因で後回しにされていた知識。
魔法と魔術について知ってるか? そんなキルケの問いにカナリアは即答する。
「全く分かりません」
「だろうな」
「だって教えてくれなかったじゃないですか」
「教えたら常識そっちのけでのめり込みそうだったからね。 そんじゃ魔法について一から説明してやるから耳の穴かっぽじって……って言ったら本当にするんだろうからするなよ? え?なんでもうしてるの? 早い早い、女の子が人前でしちゃいけません!」
ご機嫌なキルケの比喩を指示だと勘違いしたカナリアは真剣な顔で両耳の穴に人差し指を突っ込む。
そして、その行動にいち早く感づいたキルケが即座に制止する。
「キルケ、お疲れのようですが大丈夫ですか?」
疲労で息切れするキルケに対して心配した様子のカナリアが声を掛ける。
お前のせいじゃ!キルケは勢いよくツッコミを入れたくなるも、喉元まで出た言葉を小さな咳でかき消した。
「大丈夫!! 大丈夫だから!! あたしゃ健康体だが、歳で疲れが溜まりやすくなってるだけだから……」
何を言っても無駄なカナリアを諦観しているキルケは、荒々しくも気の抜けた声で返答する。
「そうなんですか? 無理はしないで下さいね」
純朴な表情と眼差しに少しの苛立ちを感じつつ、悪意のないカナリアを見ると自然と頭を撫でてしまう。
「嗚呼、ありがとう。 気をつけるよ。 それじゃまず手始めに、だ。カナリアはこの世界にある力は知っているかい?」
「魔法と魔術ですよね?」
「今は、そうだ。だが実際にこの世界を司った根源は三つある。 科学、色彩、そして魔法だ」
「え?三つ?魔術は入ってないんですか?」
「そう焦るな。まず前提として世界は科学から順に色彩時代、魔法時代と移ろい今に至る。 言わずもがな、今が魔法時代だ。 そして、魔法時代に於いて魔法から派生したものが魔術さね」
魔法と魔術の存在は知っていたが、まさかそれ以外に科学と色彩なんて力があるなんて。
カナリアは歴史にも載っていなかったとんでも情報に目を丸くして動揺する。
「ちょ、ちょっと待って!! 今さりげなく省いた歴史、超重要なんじゃないのですか?」
「まぁ、この世界じゃ神ヴェルゼナとカウルしか知らない情報らしいからね。 私も色彩や科学は転生前の世界だから知らないし見たこともないよ」
「何度も生まれ変わっているキルケすら知らないってどれだけ前の話なんですか」
「さぁ? 今は使えない力だ。 気にするだけ無駄さね」
「スケールがデカすぎて、ついて行けない」
駆り立てられる知識欲が混沌を極めて、もうどこに反応すればいいのか分からなくなったカナリアは頭に湯気を出しながら目を回す。




